暁月夜
やすらはで寝なましものをさ夜更けて
かたぶくまでの月を見しかな
(百人一首 第59番歌 赤染衛門)
『いますぐ会いたい』って言ったよね。
『部屋で待っていて』そう言ったよね?
期待してバカみてぇ、ちっとも来ねーじゃん。
移り気な男だって解っていたけどさ、
『俺を忘れやしないか、気が気でなかったよ』なんて、よく言えたもんだよね。
あーあ、寝ないで待っているとか俺もどうかしていた。白々明けの空の隅っこで月が沈もうとしている。こんなことなら、さっさと寝ちまえば良かった。
珈琲、何杯飲んだと思う?
吸っては捨てた煙草が灰皿に溜まってさ。
クサいと眉を顰める顔も嫌いじゃねぇけど、二度もシャワーを浴びたのによ。
アテの外れた躰は貫かれる熱ばかり求めて、脳天まで真っ二つさ。痛いよね……、痛いんだ。
二人でいることを知って、一人でいるのが下手になった。こういうとき、出逢うんじゃなかったって思うのに、同じタイミングでアンタに抱かれることばかり考えている。よくないね……、よくないよ。
障子を開けて縁側を覗くと、庭先の笹がそよそよと騒ぐんだ。
『身勝手な男など門前払いにしておしまい』
『そうよ、そうよ』
忘れられてしまったのは、俺の方かもしれねぇな……。
浮かれた着信音、変えておけば良かった。
十を数えて、手を伸ばす。
「もしもし、お掛けになった電話番号は現在、使われておりません」
「それ『もしもし』要らなくないかな?」
そうじゃねぇだろって思うのに、俺の口許は綻んで顔が熱い、熱い……熱い。
「いま、どこ?」
「空港についた。もうすぐ会えるね」
え……?
「やっぱり忘れていたね?二ヶ月のバンコク出向……」
朝靄を斜交いに朝の光が射しこんで、手指の冷たくなった俺の芯に陽だまりをつくる。
ギュッと目を瞑って畳を三度踏み鳴らし、声をあげたい衝動を抑えて緩みっ放しの頬を叩いた。
そうして、待っているをこう伝えるんだ。
「シーツ、替えてあるよ……」
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Twitterで不意に盛り上がった『百人一首でBL一次創作』に参加しました。
100人の書き手で一首ずつ、和歌に込められた古今変わらぬ人の心をBLにしようという企画ですw
歌意の侭ではしのびなく、続きをハピエンにしてみました(〃艸〃)ムフッ
【歌の解釈】(こんなことなら)ぐずぐずしないで寝てしまえば良かったのに貴方をお待ちしているうちに夜が更けて、とうとう西に沈もうとする月を見てしまいましたよ。
赤染衛門は藤原道長の繁栄を描いた『栄花物語』の作者とされる才媛です。
この歌は関白・藤原道隆公が少将だった頃、赤染衛門の姉妹に「今夜、行くから」と約束したが待てども訪れることはなく、翌朝、赤染衛門が代筆した歌とのこと。
文字通り、待つばかりの女性の悲哀ともとれますが『やすらはで寝なましものを』が小気味よく、軽い嫌味を含んで拗ねてみせたという解釈もあるようで、そちらの方が明朗で面白みがあるなぁと、このようなアレンジをしてみました。如何でしょう?(* ´艸`)