階下で遠慮がちにガラリと玄関の引き戸を開く音がする。……虎だ。
俺たちが住むこの家は年代物の古民家で、商業ビルやオフィスビルの林立する中心地から少し外れた下町にある。近年、レトロな雑貨屋や洒落たカフェが増えて、フォトジェニックな町として若い女性に人気があるようだ。先に住み出したのは虎。藤丘虎ふじおかとら。俺、四室艶夜しむろえんやの一応……恋人。家主は寿司屋の元店主で、虎は何処まで本気なのか、今は賃貸契約のこの店舗兼住宅をゆくゆく正式に譲って貰うと言っている。
大晦日も夜遅くなると静かだ。
近所迷惑を考えて、いつも住宅地への路地を入るまでにエンジンを切る虎が、駐輪場に使っている一階店舗の玉砂利へ車体を入れる気配がする。降りようかと思ったけど、読みかけの小説があと二頁でキリが良かったから俺は自室のベッドを離れなかった。膝下を布団に突っこんで枕元のチョコレートをひと粒、口へ放る。
「冷やこいのぅ」
ミシと軋む廊下の方で声がして、背を丸めた長身がのっそりと襖を開けた。今朝、見送った俺でさえ、そのダウンジャケットの黒々とした威圧感にギョッとするのだから、視界の悪い夜に表の曲がり角で出くわしたりしたら、さぞ怖いんじゃないかと思う。
「ただいま、艶夜。起きていたのか」
「おかえり、久しぶりに聞いた」
「何が?」
「虎の方言」
「ぉ?……おぉ。外、めちゃ、さみーよ」
照れ臭そうに笑って腰を折った虎が、俺の身体には触れないように唇にキスをした。相当、身体が冷えていて俺に移すまいとしたのだろうけど、近付いた顔から冷気が伝わってくる。袖を引くと夜露か雪か湿っていて、両腕に抱き寄せたら驚いたのか虎は僅かに腰を引いた。
「ちょっ、いつになく積極的なの嬉しいけど、俺、冷えてっから」
だから、抱きしめてる。
だから、抱きしめてる。
だから……、
グシュンとクシャミが出て、カッコつかない俺を虎は大笑いして押し離した。
「だから、言ったじゃん」
「……、お茶でも淹れるよ」
「先に風呂入ってくるわ」
余程、外は冷えていたらしい。
虎がいなくなると、部屋の空気が一段と冷たくなった気がする。今年もあと一時間を切った。

 


湯上りの虎を待って、下の和室で緑茶を呑む。
炬燵こたつに蜜柑、テレビでは歌合戦がもう終盤で、時折、ヒュォオオと強い風が小さな中庭の方で硝子戸を震わせた。実家暮らしの学生時代から時代が逆行しているんじゃないかと思う今の暮らしを俺は案外、気に入っている。



「明日も仕事なんて大変だね」
「今日明日が踏ん張りどころ。俺は早出の15時アップでいいってさ」
虎が働く美容室は場所柄、ホステスさんたちの利用もあって閉店時間が遅いんだけど、大晦日から三が日は初詣や年始の挨拶で着物の着付けを予約する客が多く、早朝から店を開けるんだ。腕の良い師範がいて、ヘアセットやメイクも一処で整うのが好評らしい。
「早出って何時?」
「準備もあるから、6時。着付けの助手な。お嬢さんたちの髪、綺麗にしてやんねーと」
「嬉しそうだね」
「晴れ着の美人祭、羨ましいだろ」
好き者のツラで笑っても、俺は本当の理由をわかっている。虎は美容師の仕事が大好きなんだ。女の子が自分の手で綺麗になっていくのが嬉しくて堪らないんだ。彼女たちが帰り際、来た時よりも顎を上げて『ありがとう』って店を出て行くのが誇らしいんだ。そのために技術を磨いて日々、努力しているのを俺は知っている。そんな虎がカッコイイと思う。たとえ今、うつらうつら寝かかって、年上の美人演歌歌手にやに下がっていようとも……。
「虎、好きだね。この人」
「色っぽいよな」
毎年、こんな調子だ。
画面の向こうでは良く口に入らないなと思う大量の紙吹雪が舞っている。
銀糸の贅を尽くした着物姿は凛と気高く、和傘を手にした舞人を従えて、蠱惑的な眼差しを彼女は此方へ向けていた。
「母親と歳、変わらなくない?」
「ぁあ゛?もーっ、今、母さんの顔が邪魔した」
「あははは、馬鹿だ」
虎が好きだ。
飾り気がなくて真っ直ぐで、俺の何が良いのか好き好き言って、全然、好きを返させてくれない虎が好きだ。俺はタイミングをいつも逃してウンとか曖昧にしてしまうけど、拗ねたツラで恨めし気に見てくる、そんな虎が好きだ。そして……俺に、俺でいさせてくれる虎の傍が好きだ。
今年の初めは、もう少し俺からも好きを伝えようと思っていたけれど、たぶん、一度も言わないまま、また一年を終えようとしている。
「ぁ……」
茶柱が立った。
「虎、あのさ……、」
「お前も食う?」
蜜柑の甘い香りが暖房で温まった部屋にパッと広がって、
「あっ!」
ポーンと天井に弧を描いた蜜柑に俺が気を取られた隙に、もう一個、凡そ炬燵を挟んだ近距離の人間に寄越したとは思えないスピードで投げつけてきた。子供なんだ。
27歳なんて嘘だろう?ってくらい、虎は子供なんだ……。
「虎ァー」
畳に転がった蜜柑を拾って呆れている俺に、虎は大欠伸を一つして、ゆったりと腰を上げた。
「すまんすまん、わかってるって。年越し蕎麦だろ?」
「眠たいならやめとく?」
「平気。お前のトロくせぇの笑ったら、目が覚めた」
口も悪いけど、虎の笑った顔は屈託がなくて、俺はつい何でも許してしまう。
テレビでは賑々しい歌合戦のグランドフィナーレも終わり、料理の得意な虎は出汁から拘った旨い蕎麦を食わせてやるとキッチンへ入って行った。残された俺は、
「また、言えなかった……」
番組が変わって、ゴォーンと一発目の除夜の鐘を聞いたところで、大の字に転がるしかなかった。

 


年が改まった。
「「せーの!あけましておめでとうございます」」
ふたり対峙して、大真面目に頭を下げ合う畏まった挨拶は毎年のこと。
「……っふ、ぁははははは……」
照れ臭さ60%、可笑しくて深夜に構わず笑ってしまうのも恒例だ。
「何で、こんなことするようになったのかな?」
「実家の決まりっつーか、これやんねーと正月がキターって気がしねぇんだよ」
「どうして、俺が付き合わされてんだ?」
「俺一人で、どこ向いて挨拶しろってんの」
いいから食えと、虎は食べかけの蕎麦を指差した。きっかり、0時。
毎年、蕎麦を食べていようと作っている最中だろうと、電話中もトイレもお構いなしに声が掛かる。
虎の実家は老舗の旅館で、正月の挨拶まわりも欠かさない、ちゃんとした家なんだ。
「蕎麦、いい味してる」
汁を飲み干す勢いの俺に満足げに目を細めた虎は、
「トーゼン。俺の腕がいいからな」
なんて調子づいている。ふわっふわの玉子とじが夜更けの腹に優しくて、柚子の皮を刻んだのが仄かに香って爽やかだ。わざわざ、枕崎の木枯れ節を手配する拘りようといい、本当に食に対して貪欲なヤツだと思う。
「あんまり舌が肥えたら、どうしようって思うよ」
「何で?いつでも、作ってやるじゃん」
「ぁ、うん……。そうだね、期待してる」
意味が違うんだけど、今、話すことでもないから呑み込んだ。
跡取りの一人息子が女将になる嫁さんを迎えて旅館を盛り上げてくれる日を、彼のお母さんが心待ちにしていることを俺は知っている。虎の味に慣れてしまったら、いつか独りになった時、俺は何を旨いって思うんだろう……?

ドガッ!

「……っ痛」
炬燵の下で脚を突き蹴とばされた。
「っぶな……虎、なんっ……?」
何だよ、と言いかけて追い討ちの足蹴りをもう一発食らった俺は、手を温めていた余熱の丼鉢を離してしまい、それはゴトンと音を立てて天板の上で揺れた。
「俺、もっと上達して、一生、満足させてやんよ?」
「へ?」
「年越し蕎麦。あと50食、いや、100食、目指しちゃう?」
虎はニイッと笑って、向こう側から俺の両手首を挟みこむように掴んでくる。その眼は本気だ。
言う事の大半、大雑把で根拠がなかったり突拍子も無かったりする虎が、たまに見せる本気の静かな光を宿した眼だ。たとえ、言っていることがやっぱり途方もなくても、言霊のように信じさせてくれる……そんな瞬間が虎にはある。
目頭がカッと熱くなって、ヤバい、コイツ好きってなったけど、今、口を開いたら、みっともないことになりそうで俺は困ってしまった。
「虎ってカッコいい!今のはズルいわ、惚れ直しちゃう、とか思った?」
「思、うわけないだろ」
「お前、顔、赤いよ?」
「嘘だ」
「赤い赤い」
「うそだ」
「……うん。嘘だな」
子供を諭すように嘘にしてくれた虎に胃や鳩尾みぞおちでも火がついた。
「手首細ぇ、ツルッツル」とか言って俺の手を弄っている虎が、体温の高い手で指を一本一本マッサージするように開いていく。思わず手を引っ込めそうになるのを絡められた五指に阻まれ、ギュッと握られた。その指先が割れてガサガサに荒れているのを愛しく思う。美容師という仕事柄、客に不快な思いをさせないよう指先のケアは一入、念入りな虎が、それも追いつかないほど忙しく頑張っているのは、やっぱり、すごくカッコいいと思う。
「……嘘。ちょっと思った」
「え?」
「さっきの……少し思った」
「俺ってカッコいい」
「うん」
「マジ?」
「少し」
「そこ大事?」
「だいじ」
手を取り合って、フフッとか笑って妙な気分だ。恋愛ドラマならここで盛大に主題歌が流れて、ふたりはキスをするのだろう。けれど、疲れを滲ませている虎は自分の腕に頭をもたげ、うっそりと笑うばかりだ。重い瞼に抗って首を緩慢に捻る姿は猫のようで、離すまいと繋がる手指の爪が俺の皮膚に食い込むほど立てられている。
「知ってた?猫って飼い主といてリラックスしている時にも爪を立てるんだって」
「何オレ、艶夜に飼われちゃうの?」
それもいいな、なんて虎は笑って、頭を撫でようとした俺の手をニ゛ャとあんまり可愛くない濁声で払った。二度三度と猫じゃらしのような攻防を繰り返し、炬燵の下では行儀の悪い足がウリウリと指で膝を突いてくる。
「虎、そろそろ寝たら?」
「正月早々、ひとり寝させんのかよ?」
「だって、朝、早……っ、ちょ、足癖わるっ!」
ゲシッ、ゲシッゲシッと蹴られて、態勢を崩した拍子に長い脚に膝を割られて俺は焦った。
すかさず股座を嬲ってくる無作法な足にたじろいで逃げを打っても、天板の上では虎の手に捕まって他愛なく腰が揺れる。炬燵の温度がひとりでに上がるはずはないけど、熱くて、遣る瀬なくて、グリグリと踏みつけられるペニスが大きく脈打つのを絶望的な思いで堪えようとした。
「……っ、ぁ……虎、よせっ……」
「なぁ、ヤんね?」
「怒るよ?」
「だって、お前、可愛いもん」
「ぁあっ、……も、ダメだって。やめ……、やめろ、バカ!」
疼きが甘い痺れに変わって、不埒な征服者の悪びれる風もない顔に奥歯を噛んだ。
子供だ。時折、虎は悪戯の加減が判らない子供になって俺を困らせる。
与えられる刺激のスピードが増すにつれ、正月早々、何をやっているんだという呆れた思いと、いっそSexに縺れ込んでしまえばいいという欲情と……、けれど、何より勝ったのは虎に早く寝て貰わないと仕事に障るだろうという、つまらない真面目人間の思考だった。
「悪ふざけは終わりだよ、虎」
手を振りほどいて転げるように炬燵を出ると、虎は傍へ回り込んでくる。叱られ慣れしてるから、俺が語調を僅かに冷たくしたのを瞬時に察したようだ。
「怒った?」
「怒るよって予告したよね?」
「じゃ、ハグしてよ」
「ぇ……」
「してくれたら、おとなしく寝る」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
軽い調子で二度繰り返される言葉なんていい加減なものだ。それに、さぁ、来いとばかり両手を広げられて、ではもないだろう?きっと虎は、俺が然程、怒っていないことも押せば押し切れることも解っていて、わざと俺が照れて動けなくなるようなことを言っているんだ。どうしてそう思うかと言うと、今、虎にとって困り顔でモジモジする俺を面白がる方が魅力的だから……。きっと、Sexするには虎の方が体力が限界で、それでも俺とイチャイチャはしたいという……、たぶん、俺に求められているのは、せいぜい湯たんぽになれってことぐらいだと思うんだ。ほんと、甘えたヤツ。
「回れ右して」
「やっぱ、ダメか」
「後ろ向いて」
要求が却下されたと思っている虎が「残念」と、ちいさく哂う。
俺はその背中に耳を当てた。ピクッと背筋を伸ばした虎が振り返ろうとするのを、ギュと抱きしめて阻む。……温かい。虎は体温が高いんだ。
「今夜は一緒のベッドで寝よっか」
「マジ?」
「ここを片付けたら虎の部屋に行くから、先に上がってて」
「俺に甘い艶夜、最高」
さっきまで眠そうにしていたヤツが勢い反転した身体に俺を抱き込んで、その表情は爛々と『嬉しい』が顔からはみ出している。虎がこんなヤツだから俺は絆されるんだけど、あんまりあけすけで、どんな顔して受けとめれば良いのか時折、恥ずかしくなってしまうんだ。
「おやすみ、虎」
「おっ。早く来いよ」
もったいぶった短いキスのあと、思いのほかアッサリと虎は階段を上がって行った。
「……ハグしたのマズかったな……」
足取りの軽さに俺はシマッタと頭を掻く。あの調子だと元気になって添い寝じゃ済まなくなるだろう。もっとも俺も良い感じに温まっていて、もしかすると、添い寝で済ませたくないのは俺の方かもしれないけれど……どうにも少し時間を置いた方が良さそうだ。
ゆっくり丼を洗って、観葉植物に水をやって、ズレてもいない鏡餅の位置を整えよう。
寝酒に一杯、戸締りは二周。そうだ!虎の仕事が終わる頃、店に迎えに行こう。一緒に氏神さんを詣でて、いつもの回転焼き屋さん……は、正月は休みかな?
初詣のために集めたピカピカの五円玉をテーブルに並べ、5円、ご縁も9枚数えて始終ご縁、一生の計と言ってもいい『好き』を今年こそ虎に伝えたいと願う。
そうするうちに静かな寝息を立てて、虎がベッドを温めていてくれるだろう。
「湯たんぽは虎の方だ」

初日の出は午前7時5分の予定。
ニュースは正月寒波になると注意喚起を促していた。

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Ding dong , Ding dongと呟いて、夜天に白い息を吐く。
今日はクリスマスイブ。
俺はベランダの手摺りに寄り掛かり、耐熱グラスに注いだモルドワインで温まっている。
赤ワインにシナモン、クローブ、スターアニスのスパイスとオレンジを加えたものが一般的だけど、微量のブランデーを足すのが俺のお気に入りだ。
朝也なら帰宅しているよ。
スーツの肩に雪を溶かして、急いで帰ってくれたのだろう、顔が上気していた。
抱きしめてキスをくれても囁かれた言葉は愛してるではなく「すまん」で、何が『すまん』なのかは、すぐに解ったよ。呑気にディナーもないほど沢山の仕事を持ち帰って、今も部屋に籠りきりだ。
俺は物分かりの良い恋人だから、ただ微笑って「おつかれさま」を言っただけ……本当だよ。

 

今夜は月もない。
パリンと割れてしまいそうな寒波に逃げ出したんだ……なんてね、新月が近いだけさ。
眼前に広がる住宅街は赤や青の電飾に華やいで、中でもシャンパンゴールドに輝く一軒家は群を抜いていた。凍空も白々する中に星を一つ見つけたのを朝也に教えてあげたかったけれど、そろそろ首が攣りそうだし、ワインも温くなったから部屋に戻ろうと思う。
薄暗がりのリビングにチッカチッカと点滅しているクリスマスツリー。赤を誇れないポインセチアはひっそりと息を潜め、開け放した中扉を冷たい風が抜けていく。廊下の奥にポツンと漏れる部屋灯り、間断ない紙擦れの音と腱鞘炎でも起こしそうなキーボードの入力音が、もう二時間近く続いていた。
「俊平、……俊平」
俺を呼び寄せるとは無精者め。
待ってましたとばかり扉を開ける手がウキウキしている。
「何?」
「悪ぃが珈琲、頼む」
「仕事の手を三秒止めるなら淹れてやってもいいよ」
広い背に圧し掛かってギュッーと抱きしめた。
「冷た、お前、またベランダにいたのか」
「雪は止んだよ。珈琲……淹れてくるね」
Merry Christmas.もない唇を指でなぞり、埋めた首筋に恨みがましく噛み痕を残す。
「くすぐってぇよ、何?」
「眠気覚まし。散らかり放題は能率悪いんじゃない?」
デスク上の製図や資料が黒の硝子天板を覆い、山積みのファイルや書籍は雪崩寸前だ。
その中で埋もれるようにノートパソコンを開いている朝也は「確かに」と短く言って、手近な所から片付け始めた。部屋を出て後悔。
半端に体温なんて分けて貰うんじゃなかった……。

 

ピンポーンとインターホンが鳴って「お届けものです」と言うので、解錠した。
品物はケーキで差出人は朝也だ。
声を掛けようとして、受取人が俺になっていたからリビングで包みを解く。
「これ……。朝也に話したっけ?」
たしか、博物館の茶房で隣席の女性が話題にしていたチーズケーキだ。
和歌山の小さな工房で受注生産していて、取り寄せに何ヶ月も掛かるという。気にはなっていたけど、肝心の店名をうろ憶えでそれきりになっていた。すぐにも食べたくてウズウズする。早く珈琲を淹れようとした矢先、また、ピンポーンと来訪があった。
「環俊平さんでお間違いないですか?こちらに受取りのサインをお願いします」
百貨店の包装紙に包まれた箱、差出人は朝也。
沸々と笑いが込み上げて、すぐにも朝也の顔を見たくなった。書斎の扉をノックなしに開け、背後から羽交い絞めに抱きつく。
「お前ね、この状況を面白がるために缶詰していたとか言う?」
どうせXmasなんて失念しているのだと思っていた。ケーキの相談もディナーの予約も聞いていないし、ツリーを飾った時も「もう、師走か」としか言わなかったから。
「この状況を見て、それを言うか?」
と、途方に暮れた様子の朝也の肩はバリバリに凝っていて、
「有り合わせでいいか?少し飲むか」
俺の手に手を重ねると薄らと笑った。疲れを滲ませた声は耳馴染みがいい。
合鴨のスモークと生ハムやチーズのピンチョス、ローストビーフ、温め直した若鶏の唐揚げ、サーモンのカルパッチョをサラダ仕立てにと朝也の手際の良さにはいつも感心する。俺が選んだシャンパンと、早速、ケーキも切り分けて、ソファで肩を並べ乾杯をした。

「「Merry Christmas.」」

朝也からのギフトはザックリとした編み目が柔らかな甘いローズグレイのニット。間違いなく俺に似合う色だし、緩やかなVのネックラインも好きなんだけど……、
「俺たち、仲が良すぎるね」
「持っていたか?」
「ううん、重なっちゃった」
俺から朝也へのギフトは同じ店の同じニットの同じ色。
「たまには、こういう色も似合うと思ったのに」
「欲しくて見ていたんじゃなかったのか」
「俺って愛されてるね」
道化た笑みはシャンパンの温もりに塞がれて、朝也の胸に視界を遮られた。
冬物が店頭に出だした頃、二度三度、足を止めたかもしれない。ほんの数分だったはずだけど、朝也がそんな些細な瞬間も気に留めてくれていたことが嬉しかった。
「ねぇ、明日、これを着て外で待ち合せしようよ」
「お揃い……いや、残業だ残業」
「じゃ、今、着よう。それで……脱がしっこしよ」
朝也は呆れたように微笑って、外はまた雪が降り出した。

May you have a warm, joyful Christmas this year.

                            

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この前は30分も待たせて、寒かったよね?
キミの「遅刻だよ」を聞いたのは、たぶん3度目だけど、
どうしていつも「しょーがないなぁ」って許してしまうの?
一度ぐらい怒った顔を見てみたくて、わざと遠回りをしたって言ったら、
今度こそ可愛い膨れっ面を見せてくれる?

駅前のスタンド珈琲、結構、いけるよ?俺を待つ間、温まってよ。
階段下のベンチ、壁に鏡があるの知ってた?ルージュの色は俺好みにしてね。
頭ん中、俺で一杯になったら口を尖らせて。
待ちくたびれたキミの文句ごと抱きしめてあげる。

それじゃ週末、いつもの改札で。
この予行練習も、いよいよ総仕上げだ。
ワガママが下手で優しすぎるとこ心配だけど、
キミの恋が叶うことを祈っている。

                                                  俊平


退社狙いの待ち伏せも裏の裏をかかれて、やっぱり膨れたこのかばん
隣からもチョコレートの甘い香りがしている。
急ブレーキにも目を覚まさない彼女の重みを右腕に、
なぜか動かないでいてやりたいと、束の間、車窓に並んだ二人の親密げな他人を見る。

それにしても、随分と買ったもんだ。
彼女が抱える紙袋から、どれだけ配るんだという気遣いの包みが、
赤や黄色や溢れそうに詰まっている。
俺の鞄を角っこで突く窮屈そうなコレも、そうした気遣いの一つ一つなのだろう。
ひとりでいた頃には思いもしなかった。
この温かい感情は案外、悪くない……。

ふと、急ぎ足で帰りたくなった。
膨れた鞄を見るなり、アイツは口を尖らせて嫌味を言うだろうが、
優しく抱きしめたいなんて、俺も珍しく浮かれ調子じゃないか。

カーヴに揺れる人いきれ。次の駅で降りたいけれど、
そろそろ、起こしてもいいだろうか?

                                                     朝也            

週末、林檎を家まで届けてくれてサンキューな。
インフルエンザに罹ったのなんて初めてで、伝染うつしてないといいけど大丈夫だった?
鬼の霍乱とか笑ったくせに、林檎の下に隠したリカーボンボン、可愛いことするじゃん。
俺、年上オーケーだけど、その気になっちゃったらどーすんの?

バレンタインデーには店に復帰してるし、良かったら来ない?
昼イチか、15時なら予約に空きがあるから、お礼にヘアセットするよ。
「私なんて青果店のオバチャンだし」って、いつも笑うけど、そんなことねぇし、
俺に任せてくれたら、綺麗倍増しで引き出してやんよ。
林檎、めっちゃ旨かったからさ、
オッチャンのニヤけたツラでも見ついでに、また買いに行くわ。

手短でゴメン。
同居人のアイスノン、替えてやんねーと。
じゃあね。

                     虎

あの日のココアは甘ったるくて、
どうして真冬にアイスココアをくれるかな?って言葉を呑んだ。
だって、バレンタインデーだったんだ。
特別な意味なんて、きっと無かった。
「受験勉強おつかれさん」くらいの軽いエールに違いないと、そう思い込もうとした。
受け取った缶からスウッと消えた僅かな温もり、
「体温、高いんだね」
って、それが不器用な俺の精一杯の照れ隠しだった……。

「ただいま」と声がして、
マグカップのココアも吃驚ビックリするほど足を踏み鳴らしたキミが、一目散に甘えにくる。
抱きつかれた俺は、まるで大きなライオンを飼っているみたいだ。
飲む?って聞かなくても、キミの冷えきった唇はYesを伝えてくる。
淹れようか?って聞かなくても、ココアは俺が淹れるものと、いつの間にか決まっていた。
「寒いな」が「傍に来いよ」のシグナルだってことも、今の俺は解っている。
けれど、あの日のココアの意味だけが、9年経った今も解らない。

「ねぇ、どうしてココアだけは自分で淹れないの?」
何で今更そんなことを聞いたのか、
自嘲気味の溜息にココアパウダーがパッと飛び散った。
つまらなさそうな声が、ぽつりと言う。
「……積年の罰……」
え……?

                     艶夜

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「朝だぜ」
「……起こさなくていいのに……」
笑っちゃうぐらい嗄れた俺の声。

ベッドに沈むカラダは寝返りを打つのも億劫なほど怠いのに、軽すぎる空気が物足りない。
斜に差し込む朝の光が恨めしくて、朝也の笑みが眩しいから、また腕を絡めたくなるんだ。
「お前がまだ中にいるみたい……」
クスッと笑ったら、
「黙ろうか」とKissをされた。


ゆうべは千櫻で久しぶりに酔うまで飲んで、Xmas treeがチッカチッカしていて、朝也が俺のためにオーダーしたカクテルの名前は何だっけ?鮮やかな赤が綺麗で口当たりのいい……、
「……とても、強いカクテルだった」
「ん?」
「ん、じゃねぇよ。俺、どうやって帰ったかも憶えていない。初めからラストオーダーを決めていたね?」
「俺にも色々と都合があってな」
朝也の眼の奥に情欲の名残を見て愉悦の笑みが零れる。脱ぎ散らした服、性急に俺を抱いた手の冷たさ、『俊平』と呼ぶ朝也の蕩けるような甘い甘い声と、熱い吐息……。
「ねぇ、朝也……」
「んー……?」
腰を浮かせて、反転、見下ろしたヘーゼルの瞳は優しく俺を見上げて来る。
背骨を伝う指先の到達点をフライング気味に期待して、あんまり心地よくて背を反らす。
俺のカラダは朝也の指一つで、こんなにも快楽を欲するのに、この男の涼しい顔ったら……、
「俺、珈琲はブラックがいいんだけど、今はカプチーノが飲みたい。」

「ざっりざりのシュガーをスプーンで何度も何度も掻き混ぜてさ、たっぷり泡立った温かいフォームドミルクを溢れるほど注いで……、」
「待て。それ、淹れて来いって話じゃ……ねぇな?」
「どうだろう?」
流石に察しがいい。

「ねぇ……、おかわりはないの?」

ピンポーン……。突然、来客の合図がして、
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……と立て続けに鳴るインターホンに顔をしかめた朝也が『退け』と俺の背をトントンする。

「出なくていーよ」
「よかねーよ」
「俺がいいと言っている」
朝也の腕を掴んで我儘を言うと、ほらね、朝也は『仕方ないな』って顔で折れてくれるんだ。
「朝也……俺、ミンスパイが食べたい……」
「ミンスパイ?イギリスが本場とかいう……?」
「そう。Xmasから12夜1つずつ食べると幸運に恵まれるんだよ。ミンスミートの仕込みは間に合わないから、ドライフルーツで」
「俺に作れと?」
「ダメ?」
朝也の大きな手が俺の髪を撫でる。その鎖骨の逞しさに指を触れ唇を落とすと、
「お前は、いつも突然だな」
と、優しい声が耳許で溶けて、ゾクリと甘い痺れが四肢を巡った。
「子供の頃を思い出したんだよ」
「……わかった」
作ろうと微笑う朝也のヘイゼルの瞳が『その代わり』と、ただ優しいばかりでない色をキラリとさせて俺を組み敷こうと掴みかかる。元より俺に異論はない。
ところが、その間もピンポーン、ピンポーンは喧しくて、
「このしつこさ……、虎さんだな」
朝也は呆れ顔で俺を押しのけた。
「そう思うから出なくていいって言ってるのに!」
「そう思うから出るんだ。あの人は後が面倒臭せぇんだよ」
ピンポーン、ピンポーン、ピッ……、
まるで、こちらの陰口を聞いていたようなタイミングでインターホンが鳴り止み、
「諦めたみたい」
呑気に笑うと、朝也は突然、ベッドを降りてしまった。
「何、慌ててんだよ?」
「来るぜ」
テキパキと床に投げ出した服を拾い集め、ベッドサイドの煙草の吸殻やゴムを片付けた朝也は、俺を落としそうな勢いでシーツを剥ぐ。
「ちょっ、Sexの後でベッドを追われるなんて初めてだよ!」
「冷やかしがなげぇの、お前だって解るだろ?」
「ぁ゛……」
そういう意味か。一瞬で目が覚めた。
どうやってオートロックをくぐり抜けるかなんて、誰かの後について入っちゃえばいいってことだろう。襲撃を食らえば、このテのことに直感の働く虎センパイは直ぐに俺たちの状況を察してニヤニヤ面白がるに決まっている。自分も遊び慣れている所為か昔からエッチなことに敏いんだ。
数分後、直接、遠慮のないノック音がして、
「ちゃんと着替えろよ、俊平」
朝也は、そう言いおいて玄関へ出て行った。
「お取込み中、悪いね、色男」
なんて、朝から馬鹿に上機嫌な先輩の大きな声が聞こえてくる。どっと疲れが出たところで、足を踏み鳴らして上がりこむ気配がして俺は慌てて着替えをした。
首元まで隠れる白のニットに黒のスキニー、髪の乱れを直して、ふと朝也は何を着て出たのだろうかと考える。たぶんソツのないヤツだから、あの短時間でも頭はフル回転で何事もなかったような澄ましたツラで出迎えたとは思うけれど……、
そんなことを思いながら不機嫌な顔に引きつり笑顔を刻んでリビングに出て行った。

「Hey!朝から空気読まないね……」
「おはよーさん。疲れた顔しちゃって」
「激しかったからね」
すかさず、キッチンから朝也の「俊平」という咎めるような呆れ声が飛んで来る。
虎センパイは部屋をぐるりと見まわし、俺がしつらえた飾りを手に取ったり、大きなツリーのオーナメントを見て回ったりしている。
「こういうのを恋人たちのXmasって言うんだろうな……」
「それを無遠慮に邪魔したのは誰だよ?」

「尖るなよ、お前が帰国するまで、この部屋、殺風景だったから変わるもんだと思ってさ」
「……、芸術家アーティストだからね」
「そういう意味じゃないんだが」
解っている。朝也が俺と些細なことでも『らしくない』ことを楽しんでくれる気持ちが俺は嬉しくて、だけど、先輩の言葉をマトモに食らうのは恥ずかしいから、顔の火照りを悟られたくなかった。
「俺って器用でしょ?」
「あ゛?……これ、俊平が作ったのか?」
「うん、全部じゃないけど。飾りつけは朝也と……、朝也ってさ、」
「俊平」
珈琲豆の良い香りがして、余計な事は言うなとばかり朝也が腕組みをして此方を睨んでいる。
朝也ってさ、最初は「子供か」って渋っていたくせに建築士の頭が完璧を求めるんだろうな……、図面まで引きかねないのめりようで黙々とクリスマスライトの角度や配線や、俺の造るオブシェの展開図を素材に引いてくれたんだ。腰を痛めるぐらい背を丸くして、俺が声をかけても気付かないほど夢中だったのは実は朝也の方だ。
『工作、得意だったんだ……』
あれは、自慢だったのか独り言だったのか、視線をピタリと定規から動かさずに小声に言った朝也は、とても楽しそうだった……。


「俊平」
朝也に呼ばれてカウンター越しにトレイを受け取ると、
「珈琲?カプチーノじゃないんだ……」
意味深に笑った俺に朝也は僅かに口許を緩める。
Vネックのケーブルニットが良く似合っていた。あの咄嗟の判断で濃いめのオリーブグリーンをチョイスしたのは素肌着の余裕の無さからだったにしろ、同じ男として矜持も飛ぶぐらい朝也の体格の良さを引き立てていて惚れ惚れする。顎で『持ってけ』とやられて、勧めもしないのにソファに掛けて寛いでいる虎センパイの元へ運んで行った。
「飲んだら帰ってよ?」
「随分な言い種だ」
先輩は笑いながら、俺ではなく朝也を見た。
「この連休中、艶夜と実家に戻っていたんだ。玄関に紙袋とクーラーボックスを置いてある。土産っつーか差し入れ?新鮮なうちにと思ってさ」
見なくても俺には朝也がいつになく嬉々として礼より先にキッチンを出ていくのが判る。
案の定、玄関先で「おおー」だの「すげぇ」だの声をあげ、
「虎さん、ありがとうございます」
と、珍しくはしゃいだ声が俺を笑わせた。

「今夜は御馳走になりそう。先輩、サンキュ」
「さみー、あのバカ、扉、開けっ放しで行ったよ」
尻で踏んでいたマフラーを首に巻いても、先輩に扉を閉めに行く気はないらしい。
「すぐに戻るよ。俺には丁度いい」
その長い足を横に床にペタリと座って、俺は珈琲を啜った。
「俊平って可愛いトコあるよな」
「何それ?」
「朝也が喜んでいるのが嬉しいんだろ?」
「ち、違うよ。普段は食べられないメニューでも作ってくれるのかなぁ?って……、もう、アンタのそーゆートコ、ムカつく……」
顔が熱くなるのを背けて、バァーカと悪態ついて、
「用事が済んだら、早く帰れって言っただろ?イヴなんだから、そこ判れよ!」
無意識のうちに先輩の足をゲシゲシ、手で押し退けていた。
「お前、照れてんの?そんな顔されると、ずっーと居座りたくなるな」
「鬼か、アンタは!」
玄関の方では朝也が、
「虎さん!これ、二人じゃ食いきれねぇし、艶夜さん呼んで鍋でもします?」
なんて、余計な声をあげている。
「ふざけんな、朝也!却下だ、Se……、っ……」
慌てて口を塞いだが、虎先輩は唖然としながらも腹を抑えて笑いを堪え、何を意味するのか俺にウンウンと二度三度頷いて立ち上がった。
「珈琲、ご馳走さん」
「……ぉ、おぅ……」
虎センパイの返事が無いからリビングへ戻って来たのだろう、朝也は、
「帰るんですか?」
と言ったが、その声音は多分に『俊平が余計なことを言って追い返したんじゃないですか?』の意が込められているように思えて、マグカップの底に残る珈琲に黙って視線を落とす。
「この後、仕事。午後入りにして貰ったけどイブだろ?夕方まで指名が殺到しててさ。デートのお嬢さん方の髪、綺麗にしてあげないと」
「売れっこ美容師も大変ですね」
「そーゆーこと。朝から悪かったな」
先輩はバイクを乗る時に良く革ジャンを着ている。きっと、和歌山から戻って、その足で荷物を届けてくれたんだろうと思うと、自分のとった言動の身勝手さが恥ずかしくなった。
「あのさ、センパイ!その……艶夜さんは?」
「荷解きしてんじゃね?」
「……鍋、しよっか。朝也が支度するから」
「ぶっ……!お前ね。まぁ、いいや。折角だけど今夜は遅くなるから」
「じゃ、明日!」
「だ~め、艶夜とSexするから」
ぁ゛……?
捨て台詞に「気ぃ遣うな、バァーカ」と言い残して廊下へ出た先輩を朝也が見送った。
ドアの締まる音がして静寂が戻る。フッーと息を吐き切ると朝也がリビングに戻ってきて、
「毎度の事とはいえ、嵐だな」
と笑う。
「買い出しに出るか。ミンスパイ、作るんだろ?」
「そうだった……」
「48個、作るか」
「ぇ?……ぁ、うん。俺が明日、届けるよ」
虎センパイと艶夜さんにもLuckyが訪れますように……。

「ねぇ、朝也、クランベリーは多めにしてね」


Happy Merry Christmas, with lots of love!⛄

thank you for all CC creators!
pose by @catsblob,@RJ,@DearKim

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俺に『待ち合わせ』の楽しみを教えたのは、朝也だった。
そして、やるせなさを教えたのも朝也だ……。

「お前ね。人を呼び出しておいて、それ何度目の溜息?」
「だって、イヴだよ?休日出勤なんて日本人は働きすぎだよ。その上、残業とかどうかしている。おかげでディナーもキャンセルとかなくね?大体さぁ……」
「あーハイハイ、それも何度目よ?面倒くせぇな」
電話一本で駆け付けたデリバリーフレンドはジンジャーエールをズズッと飲み干し、さっきから、俺をおざなりにあしらっている。不満この上ない……。
「絡み酒なら、俺、行くわ」
「どこに?四室さんも出張でしょ?どうせ、予定もないくせに」
「あんの」
「まさか、これ幸いに女のトコとか!あんた、気が咎めないの?」
「男ふたり肩並べて愚痴り合ってる方がどーよ?俺は引く手数多なの、お前みたいにぼっちじゃねーの、わかる?……ま、めかし込んでアテが外れたのは残念だったな?」
まったくだ……。
この臙脂に黒のピンストライプが効いたシャツは俺には着こなせる自信があったから、朝也とのディナーのために買ったんだ。黒のベストとネクタイでピリッと締めて、フード付きの赤のツイードコートと靴紐をコーディネートすることで華やかな夜を演出したつもりだった。朝也はきっと『似合ってる』と笑うはずだったのに……。

bar

「別に……これは、俺も個展の挨拶があったから……」
嘘じゃない。けれど、ガッカリしてやるのは癪だったから俺は本心を明かさなかった。
「個展?俊平の?」
「……うん、京都でね。洋画家さんとの二人展だけど……」
「知らなかった」
「言ってないよ。皆、仕事だったし……」
「朝也にも?」
「うん。住宅展示場のイベントと重なったの。建築士の内見同行や相談会で色々忙しいみたい。家の机なんて資料やパンフレットが山積みでさ。……声、掛けられるわけないよ……」
「お前らしくねぇな、遠慮なんて」
「へっ……、大人になったでしょ」
一瞬、目と目が合って、先に動いたぶん勘所のいい虎先輩に消沈しているのを悟られてしまった。空気が動いて、先輩がバーテンダーにクランベリージュースを注文する。
「30分だけな」
何だかんだ言って、この男は優しい。
「酒、飲まないの?」
「俺、バイク」
「バッカじゃん?折角、この・・俺がイヴに誘ってやってんのに……」
「はっ、ていのいい子守じゃねーか……」
悪態をついたところで虎先輩はぐるりと店内を見回し、
「いい店だな?」
と、耳打ちしてきた。
「うん、朝也の行きつけ」
「へぇ……」
煌びやかな繁華街から10分も歩かない処に日も暮れて目を覚ます町がある。
細い路地を分け入り、ぽっかりと開いた黒い穴へ階段を17段数えれば、オレンジ色の小さな灯りに出迎えられて『Bar千櫻ちざくら』がある。
『重厚な扉を見ると押してみたくならないか?』
最初に朝也に連れて来られた時にアイツはそう言って笑った。
店名はオーナーバーテンダーの苗字から採られたと聞いている。ロマンスグレーの短髪に髭をたくわえ、スレンダーな身体に馴染む黒いシャツが色気のある初老の男性だ。左肩のやや下がっているのが研鑽けんさんを積んだであろう彼の実績を想像おもわせた。店内にはカウンター席とテーブル席が少し、バックバーには130種は超えるという酒が整然と並んでいて、どちらかと言えばオーセンティックな少し背伸びをしたくなる大人のバーだ。いつもは仄暗い店内が煌々と見えるのは、壁に飾られた大きなリースと華やかなXmasツリーの目映さの所為だろう。流石にイヴとあって独り客はいない。
少し前から俺が気になっているのは、一つ向こうの席で真っ赤な顔をして頷いてばかりいる小太りの少々気の弱そうな男と楽しげな笑い声の絶えない飲みっぷりの良い女の二人連れだった。きっと、二人は恋人同士で男は今夜、彼女にプロポーズをするのだろう。……何故って?
男のジャケットのポケットを何か角張った小さな物が突き破りそうに尖らせていたからだ。
「……んぺい、俊平、鳴ってる」
横から肩を突かれて電話に気が付いた。……朝也だ。
「はい。……ぁ、うん。まだ終わりそうにない?そっか、お疲れ。……俺?気にしてないよ。仕事じゃ仕方ないし。……今?この前、お前と飲んだBarにいる。……うーん、折角だし少し飲んで帰るよ。一人じゃないし。……ぇ?うん、美人と一緒♡」
「ちょっ!俊平?!」
慌てた虎先輩が隣で俺を睨んでいる。
「……ほんとだって!脈アリっぽいの。イヴだし良いよね?だから気にせず仕事に専念してくれ、じゃあね」
声を聞くとイライラとかガッカリより会いたいが募る。一緒に暮らしているのに凄く長い時間、顔を見ていない気がして、あてつけがましい嘘までいて一方的に切ってしまった。
「鬼……」
虎先輩は「あーほ」と俺の後頭部を叩いて、犬の頭でも撫でるみたいに大きな手でガシガシと髪を乱してくる。
「朝也、嫉妬すると思う?」
「あー……?悪ぃ、しねぇわ」
「だよね。つまんない……」
「いや、そーゆー意味じゃなくてさ……」
「じゃ、どういう意味?」
虎先輩は其れには答えずデニムのポケットに手を突っ込むと、皺くちゃの札をカウンターの上に置いた。
「やっぱ、間に合わねぇから行くな」
「えっ?本当に行くの?」
「お前、美人と飲んでんだろ?だったら、いーじゃん」
「……んだよ、嫌味だな」
俺は札を先輩の尻ポケットに捩じ戻して、背を強く押し遣った。
「あっれ?俺、後輩に奢られるわけ?」
「付き合わせたから」
「お前ね。うち帰って靴下吊るして、さっさと寝ろよ」
「ガキ扱いするな」
「不貞腐れたツラで飲むとか酒に失礼だ。十分、ガキだろ。じゃあな……」
最後のは結構、グサリときた。俺、そんな顔していたかな?

二杯目にウィスキーをオーダーすると、深い所にフルーティー感を閉じ込めたスモーキーな香りが鼻孔をくすぐって、やさぐれた気持ちがほぐれていく。それに、この日のチャームが可愛いかった。大粒の苺を半分に切ってサンタクロースの帽子と胴体に見立てた間に、たっぷりのホイップクリームが顔になり、チョコチップの円らな瞳が此方を見ている。食べるのが勿体ないくらい良く出来ていて皿を回して色んな角度から見ている内に、ふと、さっきまで虎先輩のいた席の下に四つ折りのメモが落ちているのを見つけた。
「……バカだな、あの人」

そこには、ひどい癖字でビジネスホテルの住所と電話番号が走り書きされていた。


………………………………………………………………

「俊平のドあほ、たぶん、朝也にはバレてる……」
美人と一緒なんて下らない出まかせを言って、仕事の邪魔はしない口ぶりの割に気を引きたいのはバレバレで、ほんとガキ臭くて憎めない。時計を見れば予定を40分オーバーで、
「俺も大概、甘いね……」
と、市街地を抜けた駐輪場へ走った。
かなり冷えこんでいてエンジンを温めるのに時間が掛かりそうだ。走りながらの暖気運転になるが回転数を安定させるまで堪えなきゃなんねぇし、気は急くけど仕方がない。安定したらアクセル全開だ。
目標は今夜中の到着。走行距離は片道120㎞ってとこ。抜群の機動力を誇る俺の愛車はメタリックブルーが効いた渋好みのボディで総排気量は399cm³、エキサイティングな加速を楽しめるゴキゲンなヤツだ。うっかり調子に乗って体力任せに飛ばしてしまいそうで、真冬とトンボ返りを考慮して、どんなに渋滞しても2回は休憩をとると初めから決めていた。

一度目の休憩は渋滞に捕まって神経を使ったから、少し早い目に取った。
インターチェンジの公衆トイレで艶夜から立て続けに5回の着信が入っていることに気付いたが、掛け直しても繋がらなかった。
俊平からの連絡に気付いたのは、2度目の休憩の時。メモを落とした事で行き先がバレてカッコ悪い思いをした。目的地の住所と電話番号、そして、最後に添えられた
『With best wishes for Merry Christmas.』
に、ニヤリとした。
「日本語で書けよな……」
腹が減っていたわけじゃないがハンガーノックを避ける為にサービスエリアのフードコートで食事をとり、逸る気持ちを抑えてたっぷり30分、足腰を伸ばしたりホットコーヒーを飲んで暖を取った。これを怠って疲労を溜めると何をしても回復は望めない。だから俺はペース配分は間違えないように気を付けているんだ。そして依然、艶夜は捕まらない。あの5回の着信きり何の連絡もないままだった。
真っ黒い空から、また雪が降り始めた。
民家も少ないのか遠くの景色は夜景というには寂しすぎたし、更にその向こうは漁船の小さな灯りがポツリポツリと光る黒い黒い海が広がっている。辺りは薄らと雪化粧して、ここは高台になるからか風が強かった。ふっーと息を吐いて、ここを最後に後は一気に目的地まで飛ばす。
路面凍結注意の電光掲示板を見るたびに減速して、ウインドスクリーンを上げて防風しても吹きっ晒しの風には慎重になるわけで、前に『無茶なライディングはするな』と艶夜に約束させられてからの俺は我ながら優秀なライダーだと思っている。

艶夜の宿泊するビジネスホテルに到着したのは日付も変わろうかというPM11:36。
想像以上に辺鄙へんぴな暗い通りに小さいが真新しい建物があって、タンクにしがみついて暖を取りながら、電話で艶夜を呼び出した。
呼び出し音の回数を1、2……と、8まで数えたところで、
「……虎?何度も電話したけど、その……特に用事ってわけじゃなくて……ゴメン……」
と、艶夜の悄然とした声がボソボソ言う。
「どうして謝る?」
「……っ、ぁ、そうだね……。今、ひとり?」
「独りだよ」
「……そうか。何してる?」
心なしか、ホッとした声に聞こえたのは気のせいだろうか?
「雪を見てる」
「大阪もついに降ったか……。温かくしてる?」
「温めてくれる?」
「……」
僅かな沈黙の後、艶夜の安心しきった吐息が漏れて、
「ほんとうに一人なんだね」
やっと、控えめな艶夜らしい笑い声がした。それを聞いて気付いた自分の鈍さにも呆れるが、まったく、この心配性な俺の可愛い恋人は……。
「女といると思った?」
「……」
図星か。まぁ、日頃の素行の悪さを思えば信用されていないのも無理はないが、イヴに恋人を不安にさせるほど俺は薄情でもないつもりだ。
「少し出て来れるか?」
と言うと、一瞬、間が空いて、
「……ぇ?」
戸惑う艶夜の小さな声が、寒さに堪り兼ねて吐き出した俺の「はあーっ」という息と重なった。
「限界。早く降りてきて!」
「何言って……」
「いーから、早く出てこい!あぁっ上着、上着を着てこいよ!」
ガタンッと何かにぶつかる音がして電話が切れると俺は車体を降りて艶夜を待った。雪は止んでも海風か微かに磯の香りがして、凍てつく風の強さったらない。
「虎!」
眼を丸くした艶夜の表情は俺の想像した通り、初めて出逢った高校生の頃の、あのリスのようにクルクルと潤うまぁるい眼だ。

「よぉ!来ちゃった」
「来ちゃったって……」
呆れ声で息を弾ませる艶夜の腕を捕らえ胸に引き寄せると、いつもなら恥ずかしがってイヤイヤをするヤツが腕の中でおとなしく抱かれている。
あったけぇ~……」
頬を摺り寄せ、人肌ってこんなにも温かいのかとウットリしていると、冷え切った身体が艶夜の体温を奪ってしまったらしい。グシュンと一つクシャミをして、腕の中のリスはぶるると身を震わせた。
「無茶ばかりして。風邪をひくだろ?」
「クシャミしてんの、お前の方だから。……キスしていい?」
「訊くの?」
「……訊かない」
俺のレザーの胸元を掴んで珍しく積極的に伸び上がる艶夜の唇に噛みついた。片手で腰を抱き留めても今夜は逃げる気はないらしい。竦み上がるほどに吸い付いて、艶夜の喉奥から、
「……ぅ、」
と、小さな呻きが上がった。飛びきり優しいキスがしたくなって艶夜のシャンプーの香のする髪を撫でる。いつもは躊躇いがちに彷徨う両腕がしっかりと俺の背に回され、その力の強さに男を感じた。すっかり冷たくなった髪と発熱しているんじゃないかと思うほど熱い頬……。口腔に舌を割り入れると抱き留める身体がビクンと跳ね、静寂に風の切る音と浮かされる息遣いしか、もう聞こえなくなっていた。
「好きだ」
と言って額にキスをすると、こくんと頷いても何も言ってくれないのは、いつものことだ。
「メリークリスマス」
と、囁くと、
「Merry Christmas」
艶夜は俯いてしまう。
まったくシャイな男だと顔を覗き込むと、堪り兼ねたふうにクスッと笑って、
「ごめん……、すごい日本人英語だね」
そう、俺を揶揄った。
「ったく、何だよ~」
真っ黒い空を仰ぐと、ますます艶夜は可笑しそうに笑う。この声が好きだ。

名残惜しい艶夜の両肩を掴んで、
「じゃ、俺、帰るな……」
と、踵を返すと、
「今から?」
背中向こうで驚いた声がする。
「だって俺、明日……あぁ、もう今日か。仕事だし……」
「そう……だったね」
こういう時に理性の働きすぎる艶夜は引き止めることは自分の我儘だと口を噤んでしまう。
俺はそれが歯痒いこともあるが、その「らしさ」が愛おしくもあって、結局、足を止めてしまうんだ。身を切るような寒風に横殴りにされたところで、艶夜の犬のような「グシュン」をもう一度聞き、俺は振り返った。

「なぁ、艶夜……。1時間、休憩きく?」


………………………………………………………………

バカみたいに口を開いて空を仰いでいたら、

「俊平!」
と、大きな声がして朝也が走って来た。
「やぁ、おかえり……」
のんびり言って「そんなに走らなくてもいいのに」と言い足すと、朝也はゼェゼェと息を切らしながら首を横に振った。きっと本当に走って来なかったら、俺は機嫌を損ねただろうとチラリと思う。
吐く息よりも吸う息の掠れるのがクるとか言ったらコイツはどんな顔をして睨むんだろう?なんて想像をして、その顔にゾクリと節操のない股座が温まった。
「何を見ていた?こんな寒空の下で待たなくても……」
「あぁ、うん。星を集めていたんだ」
「星?……は、見えないだろう。今夜は曇りだ」
「それがね、こんなに集まったんだよ」
朝也の手に小さな巾着を一つ握らせると、俺のロマンチシズムに付き合って愛しいリアリストはクスリと笑った。
「金平糖か」
「うん。それは林檎の金平糖。純白で綺麗だよ。今日はね、どうしても食べてみたくて予約していたワインの金平糖を買いに行ってたの」
「……、そうか」
イヴの今夜はレストランやカフェも遅くまで営業していて、いつもより人通りが多い。
仕事疲れの艶を滲ませ、ネクタイの結び目に指を掛けた朝也が冷気を誘って目を細めるのを俺は夢うつつに見上げていた。時計台を臨む大きなクリスマスツリーの華やぎが噴水の水面を揺らしても、朝也ほど目映いものはないだろう。
「個展、行けなくて悪かった」
「知ってたの?」
「あぁ、まぁ……」
「そっか……。ぁ、もしかして、花屋にアレンジメントフラワーを頼んだ?白を基調にした花で、これぐらいの駕籠に入ってて……」
初日に差出人不明で届いた花は清楚で温もりのあるアンバーホワイトでまとめられ、絵画の邪魔にならない配慮が感じられる大きさだった。無名の新人を気遣って誰かが気を利かせてくれたのだと思っていたけれど、
「慣れないことをした」
と、苦笑いする朝也の気持ちが堪らなく嬉しかった。

「気障もお前がすると嫌味にならないね。ありがとう。おかげで簡素な受付が華やいだよ」
「それなら良かった」
「今日が最終日でね、ほんとうは閉館後に貸し切りで見て貰える手筈を整えていたんだ。でも、残業だって言うから、搬出も終わらせてきたよ」
「残念だ」
「そんな顔しないでよ。また、次の機会に見にきて」
最初に『待ち合わせ』をしたいと言い出したのは俺だった。そして、待ち合わせにはアクシデントがつきものだと知って落ち込んだのも俺だった。そもそも身勝手な段取りで朝也を走らせたのは俺なのに、何の落ち度もない朝也がそっと肩を抱いて慰めてくれるんだ。
「お前こそ、そんな顔をするな。お互い忙しいクリスマスだったな」
ここは繁華街の喧騒からは少し離れた小洒落た広場になっていて中央に大きな噴水があり、周りを囲むように時計塔やカフェ、公園やレストランなどが建っていた。どこも既に満席らしく、レストランの表看板には御予約のみの断りすら出ている。華やかなイルミネーションや窓や壁を可愛らしく彩る装飾を見て回り、ふと、ブルックリンのダイカーハイツで見た派手なデコレーションを思い出した。もちろん、それには遠く及ばないが、朝也と二人で見るクリスマスツリーの煌きは俺には格別な物に見える。寄り添う肩の、呼吸に合わせて微動するのを頬に感じながら、微睡みにも似た安らぎを覚えた……。
「人が見ているけど?」
「お前がそれを言うのか?」
「キス……してみる?」
「そうだな」
えっ?と声を上げる間もなく俺の髪を頭頂からグシャリと掴んだ手に上向かされ、唇が重なった。
たまに……ほんとうに稀に突然、積極的になる朝也のスイッチが何処にあるのか俺は未だに良く解らない。俺の髪をいじるのが好きな朝也の長い指が左耳のピアスに触れ、ビクリと身を震わせる。とっくに酔いは醒めているはずなのに、フワフワした頭がひどく甘やかな声を聞いた。

「俊平、今夜は帰したくないんだが……」
言っている意味が解らない。だって、一緒に暮らしているのに……?
「何?その三文芝居みたいな台詞……」
照れ臭くて思わず茶化してしまったけれど、朝也は俺の髪を撫でて、
「一度、言ってみたかった」
と、笑う。
「ふふっ『慣れている』なんて言ったら、締めてやるところだった」
「定石通りで、つまらなかったか?」
「ううん?結構、グッときた。一度は言われてみるもんだね」
どちらからともなく絡めた視線は、二人にしか判らない秘めごとの合図で、
「行くか」
「うん」
行き先は決まっているていで歩き出した朝也の後をついて行くと、こちらを見もせずに俺のための手が差し出された。繋いだ大きな手に握り返されて心臓までキュッと掴まれたみたい……。
「ねぇ、考えたことない?あのオフィスビルの1つ1つの灯りの下に朝也みたいな残業ビジネスマンがいてさ。こんなにスケールの大きな夜景を作り出しているんだ。俺ね、さっき、お前と見たクリスマスツリーは特別、綺麗だと思ったけれど、このワーカーツリーを見たら霞んじゃうね……」
「それじゃ、差し詰め俺はオーナメントの1つというわけか」
「あぁ!そうなるね」
あははと笑って遠くを見遣れば、パッ、パパパッと消灯する窓が増えていく。
「……雪、」
と言う朝也の声に空を見上げると、はらりはらりと舞い来る雪が鼻先でスウッーと溶けた。
「どうりで……、雨の冷え方じゃないとは思っていたよ……」
「寒いことに変わりはないだろ」
繁華街のいろが近づいてきたところで朝也が路地へ折れる。一転して真っ暗な民家の裏通りを手を引かれて歩く。俺は夜目がきかないんだ。
駅とは逆方向だと思うけれど、ひょっとして迂回しても近道なのだろうか……?
「朝也、どこに行くの?」
「ホテル」
「ラブホ?」
「……っ、お前、安いな」
思わず噴き出したって調子で呑気に笑う朝也は舗装の崩れた道に躓いた俺を咄嗟に片腕に抱き留めたが、俺は耳許へ囁かれた言葉に目を丸くした。だって……、
「お前、ドラマの見過ぎじゃねーの?」
思わず声がひっくり返るほど贅沢なホテルをコイツは予約していたんだ。言葉遣いまで乱れて、けれど、一番跳ね上がったのは俺の心臓だった。
「朝也。俺、今、どんな顔してる?」
「すっげぇ、エロい顔」
俺を欲しがる唇が愉悦に口の端を引いて、噛みつくように俺の呼吸を塞いだ。
「……っ、ふ……」
髪を掴む手に動きを封じられ、割り入れられた舌で歯列をなぞられると、息も絶え絶えに全身から力が抜けていく。彷徨う腕を朝也の腰に絡め、首筋に歯を立てられるくすぐったさに身を捩り、受け身に慣らされた俺の身体は全く別のところでも火種を宿して終わりのない渇きを覚え始めた。
「と、……朝也、待っ……」
なけなしの理性でその胸に手をつく。
「そんなに激しくしたら、俺、ここで脱ぎたくなっちゃうから!」
「……」
何言ってんだ?と頭を抱えた時には、もう遅い。
朝也は呆気に取られた顔つきで、転瞬、俺を深く抱きしめたまま声を上げて笑い出した。俺は羞恥に震えているのか寒さに震えているのか判らない体で下腹の甘い疼きを持て余した。
「待ちきれないな」
朝也が執着心を口にするのは珍しい。
肩を抱かれて歩き出すと、クラクションが耳障りな表通りの賑わいが近付いてきた。
「朝也……」
「ん?」
「今夜はメチャクチャに抱かれたいんだけど……」
前を向いたまま、そっと朝也のコートの端を掴むと、
「俺は、たっぷり甘やかしたいんだが」
と、朝也は薄らと笑う。
だったら……、

「コーヒーシュガーのように愛して……」

はじまりは激しくビターに、
眠りにつく朝には、たっぷりと甘やかして……、
眩暈がしそうなアシッドカラーの煌きに顔を見合わせて笑った俺たちは、
そして、

……夜に溶けた。


I hope that your Christmas would be enjoyable and may the essence of Christmas remain always with you. Merry Christmas and Happy New year.

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