人と人は相容れないと思うようにしてきた。
その方が解り合える事を前提に人と関わるより、Starting lineを上手く切れるように思っていたからね。
解り合えることを信じたら、俺は欲深いから期待して押しつけがましくなっちゃうんだ。
なぜ、届かない?なぜ、解らない?って相手を責めたくなる自分がいて、どんどん醜くなる気がした。
口にしなければ失わずに済むはずのものまで全部失くしてしまいそうで、俺は貝のように口を閉ざした。

虎センパイには、傷つくこと前提で逃げ道を作っているだけだと言われた。

『理屈を救命道具にしたところで、理想と現実の狭間で思考を持て余すだけ。もっと、直感で生きてみれば?』と。
『高校生の頃のオマエは本能剥き出しで怖いもの知らずに見えた。そのくせナイーヴで内省が過ぎるから、時々、自分を壊すことさえいとわねぇんじゃねーか?って心配になったけど、ホント、愛おしいくらいメチャクチャで目が離せなかったな』

それは、得たいものも失いたくないものも無い、人にすら無関心なガキだったからだ。
けれど今は、相容れないからこそ寄り添いたい。
歩み寄りって言うのかな?その一歩引いたところに、思いやりとか相手の想いを踏みにじらない心のゆとりみたいなものが生まれるんじゃないかと思うようになった。

今の俺は大切な人のそばにいるから……。

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