Ding dong , Ding dongと呟いて、夜天に白い息を吐く。
今日はクリスマスイブ。
俺はベランダの手摺りに寄り掛かり、耐熱グラスに注いだモルドワインで温まっている。
赤ワインにシナモン、クローブ、スターアニスのスパイスとオレンジを加えたものが一般的だけど、微量のブランデーを足すのが俺のお気に入りだ。
朝也なら帰宅しているよ。
スーツの肩に雪を溶かして、急いで帰ってくれたのだろう、顔が上気していた。
抱きしめてキスをくれても囁かれた言葉は愛してるではなく「すまん」で、何が『すまん』なのかは、すぐに解ったよ。呑気にディナーもないほど沢山の仕事を持ち帰って、今も部屋に籠りきりだ。
俺は物分かりの良い恋人だから、ただ微笑って「おつかれさま」を言っただけ……本当だよ。

 

今夜は月もない。
パリンと割れてしまいそうな寒波に逃げ出したんだ……なんてね、新月が近いだけさ。
眼前に広がる住宅街は赤や青の電飾に華やいで、中でもシャンパンゴールドに輝く一軒家は群を抜いていた。凍空も白々する中に星を一つ見つけたのを朝也に教えてあげたかったけれど、そろそろ首が攣りそうだし、ワインも温くなったから部屋に戻ろうと思う。
薄暗がりのリビングにチッカチッカと点滅しているクリスマスツリー。赤を誇れないポインセチアはひっそりと息を潜め、開け放した中扉を冷たい風が抜けていく。廊下の奥にポツンと漏れる部屋灯り、間断ない紙擦れと腱鞘炎でも起こしそうなキーボードの入力音が、もう二時間近く続いていた。
「俊平、……俊平」
俺を呼び寄せるとは無精者め。
待ってましたとばかり扉を開ける手がウキウキしている。
「何?」
「悪ぃが珈琲、頼む」
「仕事の手を三秒止めるなら淹れてやってもいいよ」
広い背に圧し掛かってギュッーと抱きしめた。
「冷た、お前、またベランダにいたのか」
「雪は止んだよ。珈琲……淹れてくるね」
Merry Christmas.もない唇を指でなぞり、埋めた首筋に恨みがましく噛み痕を残す。
「くすぐってぇよ、何?」
「眠気覚まし。散らかり放題は能率悪いんじゃない?」
デスク上の製図や資料が黒の硝子天板を覆い、山積みのファイルや書籍は雪崩寸前だ。
その中で埋もれるようにノートパソコンを開いている朝也は「確かに」と短く言って、手近な所から片付け始めた。部屋を出て後悔。
半端に体温なんて分けて貰うんじゃなかった……。

 

ピンポーンとインターホンが鳴って「お届けものです」と言うので、解錠した。
品物はケーキで差出人は朝也だ。
声を掛けようとして、受取人が俺になっていたからリビングで包みを解く。
「これ……。朝也に話したっけ?」
たしか、博物館の茶房で隣席の女性が話題にしていたチーズケーキだ。
和歌山の小さな工房で受注生産していて、取り寄せに何ヶ月も掛かるという。気にはなっていたけど、肝心の店名をうろ憶えでそれきりになっていた。すぐにも食べたくてウズウズする。早く珈琲を淹れようとした矢先、また、ピンポーンと来訪があった。
「環俊平さんでお間違いないですか?こちらに受取りのサインをお願いします」
百貨店の包装紙に包まれた箱、差出人は朝也。
沸々と笑いが込み上げて、すぐにも朝也の顔を見たくなった。書斎の扉をノックなしに開け、背後から羽交い絞めに抱きつく。
「お前ね、この状況を面白がるために缶詰していたとか言う?」
どうせXmasなんて失念しているのだと思っていた。ケーキの相談もディナーの予約も聞いていないし、ツリーを飾った時も「もう、師走か」としか言わなかったから。
「この状況を見て、それを言うか?」
と、途方に暮れた様子の朝也の肩はバリバリに凝っていて、
「有り合わせでいいか?少し飲むか」
俺の手に手を重ねると薄らと笑った。疲れを滲ませた声は耳馴染みがいい。
合鴨のスモークと生ハムやチーズのピンチョス、ローストビーフ、温め直した若鶏の唐揚げ、サーモンのカルパッチョをサラダ仕立てにと朝也の手際の良さにはいつも感心する。俺が選んだシャンパンと、早速、ケーキも切り分けて、ソファで肩を並べ乾杯をした。

「「Merry Christmas.」」

朝也からのギフトはザックリとした編み目が柔らかな甘いローズグレイのニット。間違いなく俺に似合う色だし、緩やかなVのネックラインも好きなんだけど……、
「俺たち、仲が良すぎるね」
「持っていたか?」
「ううん、重なっちゃった」
俺から朝也へのギフトは同じ店の同じニットの同じ色。
「たまには、こういう色も似合うと思ったのに」
「欲しくて見ていたんじゃなかったのか」
「俺って愛されてるね」
道化た笑みはシャンパンの温もりに塞がれて、朝也の胸に視界を遮られた。
冬物が店頭に出だした頃、二度三度、足を止めたかもしれない。ほんの数分だったはずだけど、朝也がそんな些細な瞬間も気に留めてくれていたことが嬉しかった。
「ねぇ、明日、これを着て外で待ち合せしようよ」
「お揃い……いや、残業だ残業」
「じゃ、今、着よう。それで……脱がしっこしよ」
朝也は呆れたように微笑って、外はまた雪が降り出した。

May you have a warm, joyful Christmas this year.

                            

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