そして……。
「何がどうして、あーなった?」
打ち乱れる太鼓、酔いも吹っ飛ぶ男の地を這うような雄叫びを合図に、ハワイアンか、腰蓑を付けた精悍な男たちが繰り出し喝采を浴びた。その傍で首からレイを提げた俊平が観客の子らしい小さな女の子と手を繋いで楽しそうに踊っている。
「カネフラって言うんだって」
と、スポーツドリンクを手に隣で艶夜がクスッと笑った。
「ビール、まだあるぜ?」
「いや、こっちがいい、喉カラカラ。良くあんなに踊っていられるよね」
子供たちが見様見真似で面白がっているカネフラは勇壮で厳かだ。リーダーらしい中央の目鼻立ちのクッキリした男が俊平を手招いて、褐色肌の屈強な男たちが力強く地を踏み鳴らす。
さて、俊平はどう応えるつもりかと興味が湧いた。
「受け流すに一票」
「飛び込むに一票」
すかさず声がして、煙草の灰を落とした朝也がのっそりと椅子を立つ。
「マジ?」
朝也は口許に笑みを湛えるが、艶夜はペットボトルの口を噛んだまま黙って状況を見守っている。
足を止めて、困った様子で頭を掻いている俊平が見える。肩からストンとパーカーを脱ぎ落した転瞬、ドドンという太鼓の音が腹に響いた。裸足になるや次のドドンで伸び上がるように腕を突き上げ夜空を掴み、ドドンドドンに両の手を大きく広げ軽やかに身を翻す。
「Let’s live it up!」
大いに楽しもう!と、観客を巻き込んでいくカリスマ性。男目にも整った中性的な容姿と享楽一歩手前の奔放さが、この男の最大の魅力だ。観衆の中から赤いパレオが投げ込まれ、ワッと歓声が上がる。
空中でキャッチする反射神経も、地を舐める低い沈み込みから片足を軸に跳ね上がる柔軟性も、空手の心得のある俊平は体幹が出来ていて全く危なげ無い。腰に巻いたパレオを激しく揺らして力強く風を切り、しなやかに空を仰ぐ舞姿は扇情的で不覚にも胸を打たれた。
「恐れ入ったな。ああいうタイプだったっけ?」
「いや、俺も初めて見ました」



表情こそ変えないが、その眼は恋人の新たな一面を知って爛々としている。何故か俺が嬉しかった。
艶夜はポカーンと魂ごと持って行かれたような顔をして、穴の開くほどその横顔に見蕩れる俺に、まるで気付かないみたいだ。
篝火が焚かれ、時折、強く吹き抜ける風に椰子の木がザワザワと葉音を立てる。
何段にも丸太を組んだ大きな焚火は赤々と炎を上げ、空は呑まれそうに黒々としているのに辺りは昼間の明るさにも負けないほど煌々としていた。屋台の照明や所々に置かれたオイルランタンの灯りが硝子の浮き玉のオブジェを照らすのも幻想的で、ボルテージの上がっていく打楽器の音がルアウの佳境を知らせている。
『酔狂は突き抜けないとつまんない』
今朝、島に降り立った時に俊平が言った言葉を思い出していた。
羽目を外す時は徹底的にの大胆さ。根っこでは自省心が強い努力家だが、それを見せたがらない……という以前に干渉の厳しい家に育った俊平には何にも勝る自由への希求がある。今、目の前で感性を解き放つ俊平は、その自由を謳歌しているように見えた。
そして、その瞳を開く時、常にその先には朝也がいる。

「アイツ、お前を見てる」
「虎さん。星空散歩、1時間延長して貰っていいですか?」
「それって……」
「たっぷり、甘やかしたくなりました」
珍しい直球に俺が照れた。
この男に、こんなことを言わせる俊平は、やっぱり只者ではない……。



夜に聞く野鳥の声は少し感傷的になる。

「寒くないか?」
と言ったら、艶夜は
「寒いって言って欲しそうだね」
なんて、らしくない言い方をした。
「言って欲しい」
「バカだな。言わなくても虎は肩を抱くんだろう?」
許しが出たので遠慮なく、その細い肩に腕を回す。
二人が歩くのは木々の向こうに滝の見える木橋の上、この辺りは灯りも遠く、ひっそりとしている。
キャンプファイヤーで燃え尽きた俊平は朝也が先にコテージへ連れ帰った。今頃はシャワーを終えるのも待ちきれず戯れているに違いない。
「遠回りするか」
と言った俺の意図を解っている艶夜はソワソワと落ち着かない様子で頷いた。
「やっぱりその……そういうことになっていると思う?」
「そりゃそーだろ。朝也から1時間の延長、頼まれているし」
「延長ってカラオケじゃないんだけど……。神月がそういうこと言うの珍しいね?」
「ニャンぺーの求愛ダンスに滾ったか?」
あははは、なんて笑っていると、益々恥ずかしそうに艶夜は俯いてしまう。
「……驚いたよね」
「俊平か?」
「うん。人前であんなふうに自分を曝せるなんて、やっぱり、表現者だなと思う……」
画家であることと酔っ払いダンスが結び付くかは兎も角、人に見られることに慣れたクソ度胸は確かだろう。
「ことごとく、朝也だけどな」
「どういう意味?」
「朝也しか眼中にねぇの。ダンサーの招きに応じたというより、あの時、あの場所には俊平と朝也しかいなかった。まぁ、あれだな……男の色仕掛けも案外、見れるもんだな」
冗談めかして笑ったものの、俊平の朝也を射抜く眼に媚びた色はなく、挑むような小気味よさに心が揺さぶられたのを思い出す。その身のこなしの凛と気高いさまを朝也もまた一心に見つめていた。
「楽しかった!」
と、上機嫌で戻って来た時もそうだ。
人目を気にしないというより、俊平の眼は朝也しか映していなくて、
「余所見も出来なかったろ」
背後から縺れるように愛しい男の首へ腕を回し、凄艶な笑みを浮かべた。
胸骨を辿るいやらしい指先は完全に朝也を煽っていて、俺なら絶対くすぐったくて逃げ出すなと身体の芯を熱くした。朝也は程よく鈍く出来ているのか我慢しているふうもなくさせるが侭で、どうやら男前は忍耐強いものらしい。
「酔っているのか?」
と、普段と変わらない朝也の声。
「酔わないよ。飲み足りなくて戻ったぐらいさ」
酔っている俊平の絡みつくような掠れ声は背筋がゾクリとするほど艶めかしくて、朝也の手からビールを奪うと、その唇の端に唇を落としていった。二人の日常生活を垣間見た気がしてドギマギと視線を反らすと、冷ややかな艶夜の眼とぶつかって冷や汗をかいた。
「虎、こっちにもくれる?」
キスを?じゃない……ビールを、ですね。
テーブルの上のビールは汗をかいていて、クーラーボックスに残り3缶を数えたのは、つい2時間ばかり前のことだ。俊平が毒なら艶夜は薬、酔っていたとはいえ、口を尖らせて素直に構ってくれという顔をするのが俺には堪らなく可愛かった……。
「乱痴気裸まつりは、あのニャン一匹で十分だ。お前は脱ぐなよ?」
「暗にリズム感が悪いって言ってる?」
照れた時は、こうして軽い憎まれ口で誤魔化す艶夜だ。
「こっちのリズム感は俺たち最高に相性いいけどな」
肩を抱く手を腰へ滑らせると、
「調子に乗るな」
逃げを打った艶夜が境界線とばかり掌を広げて俺を近づけまいとする。このテの攻防戦は日常茶飯事だ。動体視力も反射神経も俺の方が長けているのを解っていて、それでもイヤイヤと逃げ回るのは、もう追われるのを楽しんでいるとしか思えないガードの甘さだ。無論、艶夜に俊平のようなあざとさは無いから、俺が距離を詰めるたび突っ撥ねようと胸を押し返す手は本気で待ったを掛けているのだろう。いつもなら、仕舞いに焦れて強引に手中にするが、この夜は綺麗な星天だったから不毛な追いかけっこも不毛でない気がした。
「いーじゃん、待てよ」
と言うと、早歩きでプロムナードを突き進む。
「解った解った、もう触んねーから」
と言うと、足を止めて振り返る。
手を繋ごうとするとフイッと交わされて、捕らえるとブンブン振り解かれて、ギュッて握ってギュンって逃げられて、もっともっと早足になって同じ所をグルグル追いかけっこして……そんなことを数十メートル楽しんだ何度目かの「もう触んねー」で、
「……わけねーよな」



勢い距離を縮めると、艶夜の手首を俊敏に回り込んだ。
きっと、艶夜も待っていた。
「艶夜……」
甘えモード全開でギュウっと抱きしめると、怒ったわけじゃない怒った顔が俺を真っ直ぐに見上げてくる。好きな表情だ。
夜風が誘うから俺たちは唇を重ねた。反射的に逃げ腰になる腰を抱いて、けれど、木の葉が囃し立てるから今は短めのキスがいい。
「お前を引ん剝いていいの、俺だけだから」
潮の香のする髪に接吻けると触れる腰に緊張が走る。これ、殴られるパターン?と思ったのは一瞬で、呆れ顔の艶夜は堪りかねたって顔で笑った。
「噛みついてやれば良かった」
「コワ。何でよ?」
「……しょうのないヤツだな」
手を引かれて歩く。
ヘラッと笑って、わざと体重を後ろにダラダラ歩くと、
「重い。自分で歩いてよ」
と、文句をたれる艶夜をもっと手古摺らせたくて立ち止まってみる。つんのめって振り返ったツラが笑いたそうに口許を緩めて、俺は男にしては柔らかいその手をギュッと握り返した。
「牛を曳いているみたい……」
「曳いたことあんのかよ?」
「ないけど、こんな感じかな?って……」
「そうか。頑張れ」
「あのねー!」
二人してクスクス笑って、何だコレ甘酸っぱくて悪くないじゃんって……、
「艶夜、……艶夜さんよ?」
「聞こえない」
「なんでー?」
「どうせ、ロクなこと言わない」
正解せーかい……、抱かせて」
「嫌だ」
「抱かせろー」
「だめ」
「抱きたい!今すぐ抱きたい」
「声が大きい、デリカシーなさ過ぎ、くどい」
予定調和の三言葉を聞いて俺に分が有ると確信した。艶夜はいつもそうだ。拒否すればするほど、俺で頭が一杯になる。根っから善人だから言った傍から言い過ぎたと自省するんだ。そこに付け入る俺の図々しさなんて慣れっこだろうに押しの強さを情熱家とでも解釈して自分に非があると思ってしまう。だから、マイナスの言葉を吐いた後は決まって異物を呑み込んだような顔つきで俺の顔色を窺うんだ。そのタイミングを見計らって俺は臆面もなくこう言う。
「愛してるよ、艶夜」
「……、……」
固まって黙り込むのも、いつものことだ。
この後は俯いて『バカ』とか『軽い』とか追い討ちのマイナス言葉を浴びせてくるはずだが、

「……ぁ、」

雲が晴れて、艶夜の背中向こうに大きな月が顔を覗かせた。
それは一瞬で全ての星を霞めてしまうほど目映くて、艶夜はその月すら従えて見える。
「俺も……好きだよ、虎」



やわらかな笑みを浮かべ、艶夜は真っ直ぐ俺を見ていた。夢のようだった。

見蕩れて言葉を失くした俺の頭の中は艶夜の『好きだよ』が破裂しそうに膨張していて、目の前でパンッと手を叩く音がした時も本当にキャパシティオーバーしたのかと思ったぐらいだ。

「虎?」
手を叩いた手恰好のまま、視線を逸らせた艶夜は、
「ごめん、言い慣れてないからビックリさせたね……、らしくなかった」
照れて俯くいつもの艶夜に戻って、また、歩き出す。
「いや、嬉しかった。嬉しすぎて意識飛んだ」
「どうして虎は、そういうことスルリと言えるかな……?」
「あ゛?ぉ、おい、嘘じゃねーからな?調子いいとか軽薄とかそういうんじゃなくて、」
「解ってるよ」
焦る俺を笑う艶夜は、
「日頃の行いに後ろ暗いところがあるから慌てるんだ。解ってる。俺は虎が本気で言っているの、ちゃんと解っているよ」
チクリと説教をたれながらも、今夜は何のご褒美だ?ってくらい『好き』を伝えてくれる。
「昨日、環に言われたんだ。『四室さんは好きを言われたい人だと思うけれど、たまに自分から言ったら、もっとHappyになれるよ』って」
「なれた?」
頷く代わりに肩を突かれた。
「環は言われたいから距離を保つんだって。最初は何を言っているのか解らなかったけれど『それが、朝也って男の最適な賞味方法だ』って言ったよ」
賞味方法なんて言い方が俊平らしいと思った。
ふと、朝也とバーベキューの時に交わした『これぐらいがいい』距離感の話を思い出す。



「艶夜、俺な?今日、俊平がべったり朝也の傍にいなかったのが不思議で喧嘩しているふうでもないし、そんなもん?って意外に思っていたんだ。俺は好きなヤツはずっと手許に置いておきたいからさ」
「虎はそういうところ有るね」
「嫌か?」
「時々」
あんまりスルッと言うからグサッときて、己の打たれ弱さを知る。
「冗談だよ?」
って直ぐに言ってくれなかったら、どうしてくれようかとメラメラ征服欲を滾らせるところだった。
「環はね、傍にいないから一緒にいる時間が嬉しくて、傍にいないから見えるものがあるって言うんだ。同じように朝也にも余す処なく自分を見て欲しいって揺るぎない眼をするんだ。あの二人は息をするように互いを認め合って共に在るからね……」
言いたいことは解らなくもないが焦れったい。
互いに知りたいことがあれば聞けばいいし、見せたいなら見ろと、見たいなら見せろと言えばいい。
俺はシンプルに傍にいたいから艶夜を離さないだけだ。
下方に桟橋が見える。
面白いように等間隔に二つずつ黒い影が寄り添って、考えることは皆同じかと俺たちは草の香を踏み、樹々の奥へ緩やかな坂を上って行った。
「帰り道、合ってる?暗いね……」
少し心細そうに歩調を緩めた艶夜がグシュンと犬みたいなクシャミを一つして、俺は痩身を抱き寄せた。艶夜は拒否しないまでも、ここが外だという理性は働くらしい。僅かに身動ぎして居心地悪そうに身体を縮める。
あったかろ?」
「……だね」
体温の高い俺には心地いいほど、艶夜の身体は秋の夜風に冷えていた。
別ルートを降りて来た男女が数メートル先でいい雰囲気になったらしい。抱き合ったところで男が俺に気づいたが、こういう時、俺は眼を反らさないんだ。案の定、チャンスを諦めた男は逃げるように女の手を引いて去って行ったが、俺の腕に顔を圧し潰しそうにホールドされていた艶夜はバツの悪い遭遇には気づかなかったようだ。
「……懐に飛び込めって言われたよ。虎は飛び込まれたいタイプだって」
と、胸で熱い息が動く。
「俊平か?あのクソガキ、当たってんじゃねーか」
「そう言われてもね……俺は男だし、もう、27だよ?」
「俺は艶夜を頼りにしているぜ」
「ぇ?ぁ、……うん」
心なしか嬉しそうに見える。男とか歳とかそういうんじゃねーんだけど、この自立心旺盛のシッカリ者は真面目に捉え過ぎて、俊平が言わんとした俺との距離感に戸惑いを感じたようだ。
「アレは良く人を見ているな」
「そうだね」
「言い方が一々変化球で良く解んねーけどな」
艶夜の小刻みに震える肩を寒いのかと勘違いして抱く手を深くしたが、手で口を覆うのは思い出し笑いを噛み殺したものらしい。
「虎はジャムの塗りすぎで味を損なう人らしいよ?」
きっと、そのジャムは苺味だと思わせる甘い声が言った。
「好きだ好きだを言いすぎて、好きを聞かせて貰えない人だって言うんだ。俺は年中、好き好き言われるんだから自分が言う必要を感じなくなって、終いにはジャムで本性を隠されることに慣れて、自分を出せなくなるだろうって。……可笑しくて笑っちゃった」
艶夜が俊平とこういう話をしていることに軽い眩暈と嫉妬を覚えた。
あの観念的で七面倒臭い知的生命体と対等に話が出来る艶夜は、俺に見せない顔をアイツに見せるのかもしれない。



「俺はバカだから解るように言ってくんねーかな?」
月の光が艶夜の横顔に躊躇いがちな緊張の翳を落とす。
「違うな……。どうして今、それを俺に話すのかを艶夜の言葉で聞きてぇかな」
俊平は理性に捉われがちな艶夜の欠点を指摘して背中を押した。それが清廉な艶夜の美徳と承知の上で、もっと欲に忠実で良いんじゃないの?と、けしかけたのだろう。
「難しい話じゃないよ」
と、艶夜は俺の腕から逃れた。
「俺にも性欲はある、って話」
「は?……あー、たまには抱く側に回りてぇってこと?」
「……」
鬱蒼とした木の葉がバサバサと音を立てて月の光を千切る。
艶夜は無言でズンズン暗がりに溶けて俺を置いて行こうとする。
「何?たまには替わろっか?」
「本気で言ってる?」
「冗談で言えることでもねーだろ?」
「虎は正真正銘、バカだと解った」
「ちょ、待てって」
機嫌を損ねたらしい。剣呑な声に焦って瞬発的に白い手首を捕らえると、俺は逃げられないように抱きしめた。その気になれば艶夜は非力ではないから、この腕を解けるはずだ。
「……ごめん」
「何を謝るの?」
「気に障ることを言った……んだと思う」
「最低だな」
俺を最低だと言っても、傷ついた顔をするのはいつも艶夜の方だ。おとなしく腕に抱かれてモゾモゾと向き直り、抗議の拳を力なくトンと胸にくれる。
「虎、……キス、しよっか」
「は?」
「ぁ、いや、い……」
「します!」



俺も何で『します』なのか格好のつかないていで、誘ったくせに俯くシャイな男の唇をじっくりと征服に掛かった。しっとりと吸い付く唇は弾力があって、ほんのり潮の味がする。キスなんて何度も交わしているのに温まる吐息は余裕なくうぶに震えて、毎度、年月をリセットして艶夜に恋した瞬間を思い出させるんだ。
「艶夜、好き。すっげぇ、好き……」
「始まったよ」
呆れ声で艶夜は笑う。
キスに浮かされてもSexに溺れても、ご飯を食べたりテレビを見ていても好き好き言ってる俺を艶夜は笑う。ジャムで上等、俺だけが知っている本当は甘やかすのも甘やかされるのも好きで漢な艶夜を誰の目にも触れないように隠しておきたい。
「艶夜、好きだ」
「知ってる」
珍しく積極的に求めて来る艶夜の腰を捕らえて舌を絡める。歯列をなぞり喉奥を蹂躙するほど貪っても足りなくて全然足りなくて、艶夜を抱きしめる腕に知らず力が入っていたらしい。
「……っ、んぅ……!」
息がもたないのか俺の胸を押し返そうとした艶夜が背を叩いてギブアップを知らせてきた。
緩めるとハゥ……と湿った息を夜に溶かした艶夜がクスリと笑う。
「だめだよ。そんなにしたら……」
「したら?」
シャツの襟首を乱暴に掴まれ、男の腕力で木陰へ引き込まれた。
「……歯止めが効かなくなる」
ギラリとした瞳を間近に見て、俺の理性はブッ飛んだ。
月はいつまでも其処で笑っていて、滝壺を叩く水の音は発情期の獣みたいな俺たちの息を隠すのに丁度良い効果音で、そして、火照った身体を冷ますのに都合のいい風が途絶えることはない。
「虎、明日には忘れろ……」
伸び上がって絡めて来る腕の熱さ、
「……わかった」
それは『嫌だね』と同義語……、俺は一生、今夜のことを忘れないだろうと思った。

 

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