「もー、嫌。付き合いきれない!あの人の底なしの体力、どうなってんの?」
審判をしていた朝也の手首を掴んで、一方的なハイタッチで交代を申し出た俊平は休憩中の艶夜の足元にくずおれた。
「環は運動神経が良いんだね。虎に勝つなんて大したものだよ」
「だって、あの人、俺ばっかり狙うんだもん。そりゃ、負けると思わない?久美ちゃん、俺の集中砲火浴びて可哀想じゃん」
「そこ、手加減しないんだ?」
「するわけない。攻め処を狙うのは戦略の内、勝負事は勝たないとね」
「そんなに熱くなるなんて意外だな。てっきりインドア派だと思っていたよ」
大の字に転がった俊平の首筋に持っていたペットボトルを宛がって、艶夜は審判を代わるよと朝也の尻を叩いた。「うす」と短く頷いた朝也の登場に女の子の色めき立つのが判る。
「ぜってぇ、負けねぇ」
「こういう時の虎さんって面倒臭いんですよね」
俺たちは彼是2時間近く、7人で男女一組のビーチバレー対抗戦を繰り広げていた。
「退屈してない?調達してきた」
打ち上げられたアザラシみたいに防波堤でウトウトしていたところへ、浜で石拾いに夢中だったはずの俊平が女子大生の三人組を連れて来た。当然、一瞬にして目が覚めるに決まっている。
「五色の玉砂利、綺麗でしょ」
と、ビニールの中を見せられても、石ころなんかどうでも良くて、
「お前、使えるじゃん」
「やっぱ、そっち?」
袋の口を縛った俊平も好色な笑みを浮かべた。
その審美眼はアートだけでなく女の子を見る眼もハイレベルだ。朝也にしか関心がないと思っていたが一人は留学生で、そのブロンドの綺麗なスレンダー美女が俊平の堕とし処だったようだ。
非日常的な島のリゾートと言ってもそこは模倣、そして日本。
海外のビーチほどには開放的になれるものでもないが、ただ一人、全く意に介さないヤツ、それが俊平だった。さっきまでパートナーだった久美ちゃんはコートを回って俊平の傍に腰を下ろす。積極的な子だなと観察していると、先輩を立てるとか加減というものを知らない朝也が冷やっとする剛速球を打ちこんで来た。
「……っぶねぇ」
朝也の本気にたじろぐ。おとなしそうな小柄美人の指先だけを合わせる控えめな拍手に軽く会釈するイケメンぶりも嫌味がなくて、バレー以前に負けている気がした。そして俺は隣のブロンドと意思の疎通が出来ない。まだ日本に来て浅いらしいが日本語の怪しいパートナーは不利じゃねーか?見兼ねた俊平が外野から通訳だか野次だか捲し立てていたが、そこそこ善戦したものの結局、負けてしまった。しかも、終わった時に俊平の姿はなく、少し離れた波打ち際で久美ちゃんと良いムードで笑っている。
「クミ、コウタイネ」
と、割って入るブロンドの遠慮のなさに女って怖ぇええ……と思う反面、サバサバと強気なアプローチは小気味よくて、日本人だったら、なんて思ったり思わなかったり……。その僅かな隙を突くように、いつの間に隣にいたのか艶夜に耳打ちされて竦み上がった。
「虎には計算がないからね」
「あ、ハイ……ん?」
暗に力任せのバカだと言われた気がして苦笑うしかない。
「仇は俺がとる。環と頭脳プレーで勝負だ」
気合充分ラッシュガードの袖を捲っているけれど、さぁ、どうかな?
「あれは小回りの利くニャンだから振り回されんなよ」
アドバイスしたつもりが、艶夜はネコじゃらしを無心に追う猫にでも俊平を重ねたか、同感とばかり俺の肩を突いて笑い出す。その飾り気のない笑顔に釣られて俺も笑った。


ところが、だ。
「あれ?勝負ついたか」
シャワーブースで砂を落としたついでに朝也とマリーナ沿いのオープンカフェバーで一杯やって戻ると、海を向いて汗を拭った艶夜が振り向きざまに微笑った。
午後の日差しがその白い肌を赤く火照らせ、吹き抜ける潮風が髪を乱す。



「俺の自慢だ」
「何が?」
「こんなに綺麗な男を手中に収めていること」
背後から抱きしめると、
「こんなところで」
と、戸惑いながらも艶夜は逃げない。傍目には悪ふざけの取っ組み合い序盤戦みたいな勢いで揺さぶったから、艶夜は砂に足をとられてフラつきながら呆れ笑うばかりだった。
「酔ってる?自分だけズルいな」
「酔ってねーよ。ニャンペーたちは?」
「環?そこまで、女の子たちを送って来るって」
「アイツがナンパしたのに?」
「ビーチバレーは飽きたってさ」
「ぁあ?何で帰すかなー?」
ガキじゃねぇんだから本当のお愉しみはこれからじゃねーのかよ?と喉元まで出かかって、艶夜の無垢な眼に言葉を呑み込む。
「今、わっるい顔したよ?虎……」
「わっるいことされたい?まだ、日暮れ前だぜ?」
「話を摺り替えるな」
「あっはははは」
「ちょ、神月が見てるから」
「見てるから何?」
「放せって」
「朝也、恥ずかしいから後ろ向いててってさ」
「そんなこと言ってない!」
『ほんと、タチ悪い』を何度も繰り返して俺の腕の中でもがいた艶夜は矛先を急に朝也へ向けた。
「神月の所為でもあるからね。隣の子の胸を見るって御立腹だったよ?」
「は?濡れ衣ですね」
「見ない?」
「まぁ……見ますね」
「……正直だね」
悪びれもしない朝也に言った艶夜の方が恥ずかしくなったのか、
「機嫌とらないと、知らないからね」
早口に言って、夕映えをフラリフラリと戻って来た俊平に手を振った。


波を染めるオレンジが瑠璃の風に追いやられ、夜が来た。
キャンプファイヤーを囲むフラのショーを眺めながら俺たちはサンセットバーベキューの支度、ビール片手にステーキ用の牛ランプ肉を豪快に焼く。
「朝也、つまみ、任せるわ」
「オイルサーディンにトマトとタマネギを和えるのはどうです?」
「おー、それいこ!艶夜、俊平はどこ行った?」
「女の人に囲まれてる。昼間といい本当にモテるよね?」
艶夜の口調にやっかみの色はない。
むしろ、状況を楽しんでいるようで視線の先へ眼をやると、バーカウンターに凭れた俊平がコロナの瓶にカットライムを押し込み、押さえた口を慣れた仕草で返すのが見えた。年上ぽいグラマラスな美女たちは日本人じゃなさそうだ。



談笑するさまも遊び慣れていて、いつの間にあんなふうに大人の色気を漂わすようになったのかと、どうにも危なっかしかった高校時代の若気のえんを思い返して口許が緩む。
「あいつは海外からのお客様しか、おもてなししねーの?」
「意識してないんじゃないですかね?」
朝也が言うのは、日本人とか外国人とか世代が性別がという意識を俊平は特にしていないということだろう。確かに俊平には、そんなところがある。
「さっき、通訳を買って出るのを見たよ。エスコートもスマートで紳士だよね」
「艶夜は褒めすぎ」
「虎、ちっさい」
「俺を褒めろ」
「うーん、数分くれる?褒め処を探さないと」
ヲイとお約束のツッコミを入れたところで、腹を抱える仕草で掌をパタパタと3度、道化て見せる艶夜に目を細めた。リラックスしているんだろう、今日はいつも以上に饒舌でコロコロと良く笑う。トング片手にソーセージを焼いていたが真面目なヤツだから、
「焦がすなよ」
と言えば、焼きムラのないよう引っ切りなしに転がすし、
「忙しねぇの、余計に火ぃ通らねーぞ?」
と笑えば、慌ててトングを振り上げる。スイッチのオンオフの如く極端だからつい、揶揄いたくなるけれど、海風に揺さぶられた照明が不意に艶夜の黒目がちな眼をキラキラさせて、一瞬で心を掴まれた。
スコォーンと切れ味のいい包丁が俎板まないたを叩いて我に返る。
トウモロコシをカットした朝也と目が合って、フと声もなく笑われた。何でも御見通し、まったく可愛げのないヤツだ。
「お前、いいのかよ?」
この男は恋人が女に囲まれて楽しげに笑っていても、少しも動じない。
「構いませんよ」
なんて涼しい顔をして、むしろ、俊平が不憫に思えるほど見もしねぇんだから、そこに愛はあんのか?と、悪態つきたくなる。
「お前ね、少しぐらい嫉、」
「気づきませんか?俺は痛いぐらい視線を感じますけどね?」
「え?……あ、……あー、そういう……」
「そういうことです。可愛いでしょう?」
さらりと夜風が甘やかに香る。
滅多に聞けない朝也の『可愛い』を俺が聞いてしまって、内心、俊平にスマンと謝ったくらいだ。
「意地が悪いね、お前は」
「そうですか?」
「今の、たまには本人に言ってやれよ」
「言いませんよ」
楽しそうな顔しやがって……、
「あれだな、焦らしプレイってやつか」
「妙な言い方しないでください」
朝也は穏やかな笑みを浮かべて、相変わらず俊平に眼を遣った気配はないがおもむろに片手を挙げる。すると、弾かれたように輪を抜けた俊平が数歩先で彼女たちに振り返り、
「See you later.」
と、愛嬌たっぷり手を振るのが見えた。やっぱり、俊平は片時も朝也から目を離していなくて、それを朝也も判っていたらしい。良く躾けられたニャーだ……。
「お腹空いたー」
と、無邪気な声。
「お前ね、勝手が過ぎるだろ。無闇とナンパしてんじゃねーよ」
「そんなことしないよ」
「昼間だってそーじゃん。飽きたらポイでサッサと帰してさ」
「違うよ。あれは久美ちゃんが朝也の連絡先を聞きたいけど軽い女に思われちゃうかなーって言ってきて、カノジョいるって牽制したんだけど、最終の便で帰るから焦る、諦めきれないって必死なんだもん。フルネームだけでも教えてって言うから教えないって言ったの」
「キッパリと……。それで怒って帰っちゃったか」
「まさか。レディーに嫌な思いをさせて帰すなんてスマートじゃないよ。『キミへのこの想いはどうしたらいい?』って言っただけさ」
胸に手を当てて心底熱っぽく言うから、これが演技と解っている俺でも絆されそうになる。
まして、プライドの高さがダダ漏れの綺麗な男が、君を好きな俺に他の男のことを訊くの?と嫉妬して見せたんだ。彼女も悪い気はしなかっただろうし、それ以上、何も訊けなかったと思う。まったく、女あしらいが上手い。悪戯な笑みを浮かべてペロリと舌を出す俊平に沸々と笑いが込み上げ、思わず、その額をペシッと叩いた。
てっ!」
額に手を遣った俊平は「だってー」とか「すぐ手が出るー」と文句をたれて朝也の背に隠れる。
いきなり背を掴まれた朝也は庇うでも慌てるでもなく、包丁で俊平を傷つけないよう逆手に持ち替え、冷静に俎板の上に戻した。その手は後ろ手に俊平の腰に触れ、労うようにポンポンと叩く。
さりげない愛情表現が無口なこの男らしくて、ふと笑みが零れた。
「朝也の背中、スモーキーな匂いがする」
「齧りつくなよ?」
抑揚のない声とコント染みた会話がツボに入ったか、艶夜が笑いながら「食事にしようと」と言って、一気に場が和んだ。
「艶夜はミディアムウェルだよな。ほら、しっかり食え」
と、ステーキを大皿に載せると、
「俺、ブルーレアで」
何様だと言いたくなるお客様然とした俊平が隣でニコニコしている。
朝也は手際よく皆に料理をサーブして、艶夜はコロナは旨いのかを俊平に確かめていた。コイツは酔うと少々メンドーだからラッパ飲みのコロナはどうよ?と思うが目を離さないでいよう。



野外ステージからハワイアンギターとウクレレのメロウなナンバーが流れてきて、しばらくは波音を背にアチラコチラで賑やかにバーベキューを楽しむ声が聞こえた。
「けれど、驚くよ。環は軽率に女性に声を掛けるんだから……」
聞きようによっては軽い非難にも聞こえる声が艶夜のものだったことに驚いた。普段はそんな言い方をするヤツじゃないし、もう酔っているのか?とギョッとして顔を見る。
「昨日もね、行列を見て『ここ、美味しいの?』って」
「俊平なら言いかねませんね」
秋野菜のホイル焼きを開いた朝也が溶かしたチーズを掛けて、スッと艶夜の前に差し出す。
「食べてみてください」
「旨そうだね」
「あー!俺の好きなやつ」
欠食児童かよとツッコミたくなる俊平が横からプラスチックのフォークで突いて、二人で『美味しいねー』なんて言っているのも穿った目で見ると、こっ恥ずかしくてムズムズする。
「昨日、行った店が人気店みたいで回転が悪くてさ。前に並んでいた人が順番が来て、良かったら相席しませんか?って言ってくれたんだけど、環ってば、まるで遠慮する気がないんだ」
「え、俺もしねーわ」
「虎は図々しいから。女性は喋るためにデザートタイムをとるんだろ?俺たちがいたら邪魔じゃないか」
「だってあれ、逆ナンでしょ?話した感触で判るし、断る方が失礼だよ」
「これだもんね……」
だんだん、笑っている艶夜の意図が解って来た。
俊平の身勝手は性格だが、先に欠点をあげて俺に言わせない。『勝手が過ぎる』と言った俺に『責めるな』と予防線を張っているんだ。笑い話にしてしまうことで『楽しい時間に水を差すな』と、気の短い俺を宥めている……ったーく、良くデキたヤツだ。
「次は俺と行こうぜ、その生クリームの?ハンバーガー」
ガシッと肩を組んで耳許へ囁くと、俺が知っていたことにギクリと竦み上がった艶夜が掛かる吐息のくすぐったさに身を捩って体温を上昇させた。
「いーな、俺も嫉妬されたい……」
俊平はカボチャを口に放り込んでフォークを噛む。朝也はそんな不貞腐れの頭を雑に撫でたが、ヤツの顔は俊平には見えていないんだろうな……、心底、可愛がっているって顔をさ。
「お前は女にモテるからいーじゃん」
「通訳がいなくて困っていたのを助けただけ。同郷だったの、あのブロンドの彼女。フェアフィールドに住んでいるんだって。小さな歴史博物館があって割と好きだよって言ったら地味って言われた。あの良さが解らないんだね。……ぁ、虎センパイのこと可愛いって言ってたよ」
「俺の方が上じゃね?」
「うん、俺と同い年だって。本気で口説きそうな勢いだったから『カノジョ』レベルじゃ諦めないの久美ちゃんで学んだし『既婚者』にしておいた」
「ぁ?……はぁあああっ?」
感謝してよねーとヘラッと笑った俊平は焚火を囲ってマイム・マイムが始まると食いかけのソーセージを平らげ、朝也に期待の眼を向けた。けれど、答えは判っていたようだ。
「交ざろ、艶夜さん!」
「ぇ?いや、ぃぇえええええ!」
勢いターゲットを艶夜に変えて、手首を掴み連れ去っていく。
艶夜の「ムリムリムリ~」が雑踏に紛れていくのを呆然と見送った俺の傍で朝也は、
「やっと、落ち着いて食事が出来ますね」
表情だけは気の毒そうにトングを割り箸に持ち替え、缶ビールを開ける。
「お前、良心が痛まないの?」
「良心で腹は膨れませんからね」
いい性格してんじゃねーか……。
「俊平のヤツ、目の前の俺をスルーしたのは何でだ?」
「体温が高いから」
「は?」
「虎さん、手、汗ばんでいますよね?」
「ずっと、肉焼いていたからな」
「こっちに、もう一枚下さい」
手許の紙皿を箸でトントンと突いて、朝也は一気に飲み干した缶を指先に挟んで振った。俺に追加の肉を焼けと?もっと、ビールを寄越せと言うか。ふてぶてしい後輩に呆れるより懐かれていると世話を焼きたくなるんだから、俺は単純だ。艶夜を取られてつまらないとモヤモヤしないでも無かったが、朝也に一途なはずの俊平があまり傍に貼り付いていないことが意外でもあった。
「いつも、こんな調子?」
「何がです?」
「俊平はもっと、お前にべったりだと思っていた」
「これぐらいがいいと解っているんですよ」
「お前が?」
「お互いに、です」
身勝手なのは、いつも俊平の方だと思っていた。
黙って渡米して突然舞い戻って、好きだからと朝也の優しさに甘えて傍にいる。それでも真っ直ぐなぶん応援してやりたいが、もしかして、一定の距離を保つことを朝也が俊平に課しているとしたら……、そういう意味の『これぐらいがいい』なら俺は正直、がっかりだ。
「お前、本当に今でも俊平のこと好きか?」
一瞬、問われた意味を解しかねるという眼をした朝也は、持ち前の頭の回転の速さで俺の思考を解析したらしい。フ、と穏やかに笑って、
「虎さんは『取られた』という顔をするんですね」
と、切り返して来た。
「い?や……その……」
図星をつかれると独占欲の塊みたいで恥ずかしい。朝也は悠然と口角を引いて、
「それも、距離感のひとつと言うことです」
と、一際、歓声に沸くマイム・マイムの加速の輪に眼を遣った。
「楽しそうにしていますね」
ツンもデレも無自覚ってツラで暗がりにも易々と俊平を見つけ、目を細める。
「そうやって俊平を見るのに、ツンなの何?」
「まだ言いますか」
「マイムベッサッソンって何?」
「……いきなりですね」
ビールを噴きそうに俺を見た朝也は、
「水……『救いの水を汲む』みたいな意味だったかと?」
珍しく自信なさげに知識の抽斗ひきだしを開いたようだ。
「虎さんも交ざってきていいんですよ?」
「いらね。いい歳して、お手て繋いでダンスもねぇだろ」
朝也は同意という笑みを浮かべると、
「じゃ、俺に付き合ってください」
ビールを2缶開けて寄越した。

 

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