「環、遅れてゴメン、待った?」
「うん、待った。待ちくたびれた」
「え?そんなに遅れたかな?」
「四室さんに早く会いたくて、一時間も前に来ちゃった」
「そういうの、恋人に言いなよ」
「あははは」
「何を飲んでいるの?」
「何ていうカクテルだったかな?さっき、うしろの男に口説かれて奢らせてくれってさ。柑橘系でサッパリしてるし美味しいよ?」
「知らない人だろう?気を付けなよ?」
「平気だよ、慣れてる。俺にとってこれは日常」
「ったく、キミってヤツは……。神月に知れたら、いい気はしないと思うけどね?」
「それで嫉妬の一つもしてくれるなら上々だよ」
「……。マスター、こちらにも同じものをください」

……………………………………………………

「で、何かあった?環が俺を呼び出すなんて珍しいね」
「朝也が俺に隠し事してる」
「神月が?」
「様子がおかしいんだよ。俺、今、挿絵の仕事に掛かりきりで、朝也が休日に何をしているのかも判らなくてさ。度々どこかに電話しているみたいだけど、急に出掛けたと思ったら機嫌よく帰ってきたり、しかつめらしい顔でタブレットやカタログと睨めっこしていて、ロクに口も訊いてない……」
「…………ぁ、……」
「何?何か知ってるの?」
「……いや、環が忙しいから気を利かせているだけなんじゃないのか?」
「うそだ。四室さん、何か隠してる」
「神月のことで環が知らなくて俺が知っているなんてこと、あると思う?」
「ない、と思うけど……」
「気になるなら直接、本人に訊いてみればいいじゃないか。環の性格だとそうすると思ったけど、神月の事となるとキミは臆病だね」
「だって!残高……」
「残高?」
「たぶん、銀行の残高照会の画面だと思う。見ているの……見た。やっぱ、俺が帰国して転がり込んだの負担になっているのかな?あのカタログ、俺の部屋探しだったりして……」
「追い出されると思って訊くのが怖くなった?」
「……ぅ、……」
「可愛いトコが有るんだね。大丈夫だよ、そんなんじゃないから」
「やっぱり、何か知っているんだね。女?」
「それ、本気で言ってる?」
「だって、住宅情報誌っぽかった。俺が近づいたら隠してさ。後で見てやろうと思ったら、どこかに片付けて分からなかった。それに……、帰宅した朝也から何度か花の香りがした」
「いい鼻してるね」
「切実なのに~」
「不貞腐れるなよ、可愛すぎるから」
「四室さんには言われたくない」
「それ、どういう……」
「くそっ!絶対、女と会ってる。今夜こそ仕事片付けてベッドに誘ってやる!」
「声、大きいし……。そのために急がれる絵というのもどうなの?」
「仕事は疎かにしない、魂削ってんだから……。俺、帰る」
「納得した?」
「ゼッタイ、ナニカシッテルシムロサンガ『ダイジョウブ』ッテイウカラ、シンジルコトニスルー」
「抑揚つけてよ。嫌味だなぁ」
「……残る?」
「うん、折角だから少し呑んで帰るよ」
「そ。じゃ、また……」

艶夜

「ずっと、環と暮らしていくための準備とは考えないのかねぇ……?」

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人と人は相容れないと思うようにしてきた。
その方が解り合える事を前提に人と関わるより、Starting lineを上手く切れるように思っていたからね。
解り合える事を信じたら、俺は欲深いから期待して押しつけがましくなっちゃうんだ。
なぜ、届かない?なぜ、解らない?って相手を責めたくなる自分がいて、どんどん醜くなる気がした。
口にしなければ失わずに済む筈のものまで全部失くしてしまいそうで、俺は貝のように口を閉ざした。
虎センパイには「傷つくこと前提で逃げ道を作っているだけだ」と言われた。
「理屈を救命道具にしたところで理想と現実の狭間で思考を持て余すだけ。もっと、直感で生きてみれば?」と。
「高校生の頃のオマエは本能剥き出しで怖いもの知らずに見えた。そのくせナイーヴで内省が過ぎるから、時々、自分を壊すことさえいとわねぇんじゃねーか?って心配になったけど、ホント、愛おしいくらいメチャクチャで目が離せなかったな」
それは、得たいものも失いたくないものも無い、人にすら無関心なガキだったからだ。
けれど今は、相容れないからこそ寄り添いたい。
歩み寄りって言うのかな?
その一歩引いたところに、思いやりとか相手の想いを踏みにじらない心のゆとりみたいなものが生まれるんじゃないかと思うようになった。

今の俺は大切な人のそばにいるから……。

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「朝也、こっちこっち!お迎え、ご苦労」
「お前な……、」
「必要な画材を買い揃えていたら、持ち切れない事に気付いてさ。電話1本で車出してくれるなんて愛を感じるねぇ。あ、そっちの袋、頼める?」
「重……。何だ、これ?同じ缶ばかり」
「クイックベース、カンバスに塗る下地材だよ。同じじゃないよ?色が違うんだ」
「そうか」
「明日、休みでしょ?カンバス張るの手伝ってよ。ちょっと、大きいの張るからさ。あ、そっちのロールカンバスも運んで。中にタックスの入った袋があるから落とさないでね」
「タックス?」
「カンバスを張るのに使う釘。色々なサイズがあるから、そう、それそれ……」
「お前、大概、人使い荒いよな?」
「そのぶん今夜もサービスするからさ♪」
「いらん。寝かせろ……」
「……I want to sleep with you俺はしたい.」

「朝也と海を見るの久しぶりだね」
「他のヤツとはあるのか……?」
「え゛、そんな言い方するの珍しいね、嫉妬に聞こえるよ?」
「そんなんじゃねぇよ」
「残念」

…………………………………………

「ねぇ、朝也。今日は一日、何してた?」
「何って仕事に決まってる」
「楽しんだ?」
「……お前、面白いことを言うな。楽しいって……」
「じゃ、辛かった?」
「そんなふうに考えたことは無い、いつも通りだ。お前は?」
「うん。この近くでアートメッセの打ち合せがあったの。担当の人、女性なんだ」
「へぇ……どんな感じだった、上手くやれそうか?」
「土偶みたいな人。40半ばってとこかなぁ?ハッキリものを言う人で俺は嫌いじゃないよ」
「土偶って……、他に言い方があるだろ?」
「え。朝也は土偶の美を否定するの?」
「お前、誉め言葉のつもりだったのか?」
「当然だよ。俺はグラマラスで良いって言ったんだ。ぽっちゃりした人でさ、胸がデカくて、ウエストは一応、くびれてて、尻がバーンみたいな。ボブパーマって言うの?髪もナチュラルで似合ってて、ちょっとオリエンタルな雰囲気の中々、美人」
「……」
「そう!字が綺麗なんだよ。呑み込みも早くて俺が作品のコンセプトを伝えたら効果的な展示方法とか一緒に考えてくれて、すっかり話し込んじゃってさ。期待してて!……ぁ、もちろん来てくれるよね?いい仕事、見せてやるから♪」
「随分、やる気満々だな」
「うん。すぐにも筆をとりたいぐらい」
「じゃ、今夜は早く寝て・・・・、明日はカンバス作りに付き合うか……」
「え?」

「ええっー……!」

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人の気持ちを察しろとか言うけどさ、そんなの解るもんかよ。
そのために口が有るんじゃん、ちゃんと口で言えってな。
けれど、言葉というツールは嘘を重ねることもしばしばで、
その裏側にある真意を推せとかムズカシイこと言われても、俺には手に負えない。

そういえば、昨夜は俊平と飲んだ。
酔って愚痴ったのは失態だったが、アイツ言ったな。
「心=言葉ではないと解っていても言葉を尽くして伝えようとしてくれる何かを俺は感じたいし、強引に自分を引き出して欲しい時もあれば、無遠慮に踏み込まず少し距離をおいて待って欲しい時もある。それをかいすのもまた愛情なんじゃないの?」
って……。
「言葉は、その距離を繋ぎ止めておくためのツールだ。たとえ嘘を吐かれても、それが自分を想っての嘘なら騙されてやってもいいと思えるし、もし、その嘘に傷つけられても、きっと、直接的に傷つけられないぶん、まだ、自分のことを考えてはくれている。それで十分だ」
って……。
「存外、前向きなんだな」
と笑った俺に、持て余し気味の感性を尖らせて自分すら壊してしまいそうに繊細だった7年前の高校生は言った。
「だろ?たぶん、それが自分にとって楽でいられる方法だからだよ。自分を欺けたら、それがオレのrealになるんだ。欲しがるばかりじゃ、きっとダメなんだよね」
左脳も手をやく俊平の言葉。
それでも、歩み寄りが大切なのだと後輩に気付かされる。
真実は寄り添うキモチの向こう側に見えてくる、俊平は、そう言いたいのだろう。

そろそろ、艶夜も帰る時間ころだ。
ゆうべは気を配ってやれず、色々と問い詰めて怒らせてしまった。
今夜は傍にいて、黙ってアイツの言葉を待ってみようか。
そして、朝まで詰られて過ごそうか……。

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「……ん。……朝也、来たの?」
「風邪をひくぞ」
「……少し酔っちゃってさ。レヴィったら、飲ませすぎだよ」

「遅かったね……」
「随分、捜した」
「そう? けれど、お前は今年も俺を見つけられなかった」
「あぁ……。まったくスケールの大きな隠れんぼだ」
「次は俺が鬼だね……きっと、会いに行くよ」

「Kiss me before I rise.」

「遅くなったけど、俊平、誕生日おめでとう」
「……うん」

俺が目を覚ます前にキスをして……。

そんな甘ったるい…………

……………………………………夢を見た。

そして。

これは、何の悪夢だ……。

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